相続不動産の代償金を払えない・払ってもらえないとき|借入れ・分割払い・売却の選択肢
相続した不動産を1人が取得し、ほかの相続人や共有者に代償金を支払う解決は、不動産を残せる一方で、「金額には納得したが資金がない」「合意したのに払われない」という問題が起こりがちです。本コラムでは、不動産の代償金の支払の実行に絞り、金額の合意前(払う側・受け取る側の準備)と、合意後の不払いに分けて整理します(執筆時点は令和8年11月です)。
結論:支払の段取りは金額と一緒に決め、取り決めは強制執行できる形で残します
- 遺産分割の審判で代償分割をするには特別の事情が必要で(家事事件手続法195条)、代償金を支払う能力があることが前提とされます。共有物分割の判決で1人に全体を取得させる全面的価格賠償でも、支払能力が要件の一つです(最高裁平成8年10月31日判決)。
- 払う側は、預金や借入れの見込みで支払能力を早めに示し、一括で払えなければ、不動産を担保にした借入れ、分割払い、一部の売却、換価分割への切替えを検討します。
- 受け取る側は、合意の前に支払能力を確かめ、代償金の受領と名義変更(登記)の時期をそろえるか、分割払いなら担保と期限の利益喪失の定めを入れます。
- 代償金の支払を定めた調停調書・審判・判決・裁判上の和解調書があれば、強制執行を申し立てられます。家庭裁判所の調停・審判で決まった支払には、履行勧告の制度もあります。
- 遺産分割協議書だけの場合は、訴訟などで判決を得る必要があります。代償金の不払いを理由に遺産分割協議を解除することはできないとされています(最高裁平成元年2月9日判決)。
1. この記事で扱う「代償金」
本コラムの「代償金」は、次の2つの場面で支払われるお金です。
- 遺産分割の代償分割:遺産の不動産を取得する相続人が、ほかの相続人に代償金を支払う方法です。
- 共有物分割の賠償分割:遺産分割の後などに共有になった不動産を共有者の1人が取得し、ほかの共有者に持分の価格を支払う方法です(民法258条2項2号)。1人が全体を取得する場合を全面的価格賠償と呼びます。条文に沿えば「賠償金」ですが、本コラムではまとめて代償金と書きます。
どちらの手続になるかで、裁判所が支払を命じる要件や、不払いのときの手段が異なります。不動産全体がまだ遺産のままなら、原則として遺産分割の手続になります。この切り分けは実家が共有名義になった時の共有物分割請求のコラムで解説しています。
代償金の額を決める不動産の評価は共有不動産の分割で損をしない評価額の決め方と不動産鑑定士に評価を依頼するメリットと費用の考え方を、非上場株式の代償金は非上場株式はいらない|代償金・遺留分で現金を受け取る方法をご覧ください。税金は、遺産分割の代償金は受け取った相続人の相続税の課税価格に含めて計算する一方、共有物分割の賠償金は原則として持分の譲渡として譲渡所得税の対象になる、という違いがあります。詳しくは共有物分割の税金|遺産分割との違いで説明しています。
2. 金額の合意前:払う側が検討すること
(1)支払能力を示す
遺産分割の審判で、現物で分ける代わりに代償金を負担させる方法は、特別の事情があるときにとられ(家事事件手続法195条)、代償金を支払う能力があることが前提とされます。共有物分割の判決で全面的価格賠償が認められるには、その人に取得させるのが相当であり、価格が適正に評価され、取得する人に支払能力があって、ほかの共有者に持分の価格を取得させても共有者間の実質的公平を害しないと認められる特段の事情が必要です(最高裁平成8年10月31日判決)。
協議や調停でも、相手は「本当に払えるのか」を気にします。預金の残高証明、金融機関の融資の事前審査の結果、売却予定の資産の資料などを、金額の交渉と並行して用意しておくと話が進みやすくなります。
(2)取得する不動産を担保に借り入れる
手元の資金が足りない場合、取得する不動産を担保に金融機関から借り入れ、代償金にあてる方法があります。相続した不動産を担保にする融資を扱う金融機関もありますが、融資の可否や金額、期間は、物件の評価や借りる人の収入などをもとに金融機関ごとに判断されます。担保に入れるには通常、取得する人の名義になっている必要があるため、名義変更・抵当権の設定・代償金の支払を同じ日に行う段取りが一般的です。審査には時間がかかるので、支払期限は融資の実行時期を見込んで決めます。
当事務所の事例でも、収益不動産と不動産管理会社の株式を母が取得する遺産分割調停で、遺産の現預金では代償金を一括で支払えなかったため、遺産の不動産を担保にした銀行からの資金調達に要する期間も考慮して合意を形成し、代償金5,300万円で調停が成立しました(代償金5,300万円の解決事例)。
(3)分割払いにする
協議・調停・和解では、当事者が合意すれば代償金を分割払いにできます。その場合は、各回の金額と期日、支払が遅れたときに残額を一括で請求できる期限の利益喪失の定め、遅延損害金、担保(取得する不動産への抵当権の設定など)をあわせて決めるのが通常です。受け取る側の負担が増えるため、分割払いを求める側から担保を提案すると、合意に近づきやすくなります。
(4)一部を売る・換価分割に切り替える
不動産が複数あれば、一部を売却して代償金にあてる方法があります。支払の見込みが立たない場合は、不動産を売却して代金を分ける換価分割に切り替えることも選択肢です。協議で売却する場合は、売却の時期や方法を当事者で決められます。共有物分割の判決では、現物分割も賠償分割もできないときなどに競売が命じられることがあります(民法258条3項)。
3. 金額の合意前:受け取る側が確認すること
- 支払能力の裏付け:「払える」という説明だけでなく、残高証明や融資承認の書面で確認します。裏付けのない提案は、審判や判決に進んだ場合の見通しにも影響します。
- 支払と名義変更の引換え:代償金を受け取る前に名義が移ると、その後は金銭の請求しか残りません。共有物分割の協議では、持分移転登記の書類を代償金の受領と引換えに渡すのが基本です。遺産分割の調停が成立すると、取得する相続人は調停調書で相続登記を単独で申請できるのが通常のため、調停の期日に支払を済ませる、支払期日を短く設定する、分割払いなら抵当権の設定を調停条項に入れる、といった手当てを検討します。
- 裁判所の給付命令:裁判所は、共有物分割の裁判や遺産分割の審判で、金銭の支払や登記義務の履行などの給付を命じることができます(民法258条4項、家事事件手続法196条)。共有物分割の判決では、賠償金の支払と持分移転登記を引換えとする形がとられることもあります。
- 協議で分割払いにする場合:執行認諾文言付きの公正証書にしておくと、不払いのときに訴訟を経ずに強制執行を申し立てられます(民事執行法22条5号)。
4. 合意後に払われないとき:取り決めの形で手段が変わります
| 取り決めの形 | 不払いのときの主な手段 | 根拠 |
|---|---|---|
| 遺産分割の調停調書・審判 | 強制執行(預金・給与・不動産などの差押え)、家庭裁判所の履行勧告・履行命令 | 家事事件手続法75条・268条1項・289条・290条、民事執行法22条 |
| 共有物分割の判決・裁判上の和解調書(支払を命じ、又は定めたもの) | 強制執行 | 民法258条4項、民事執行法22条、民事訴訟法267条1項 |
| 執行認諾文言付きの公正証書 | 金銭の支払について強制執行 | 民事執行法22条5号 |
| 遺産分割協議書・合意書だけ | 代償金の支払を求める訴訟などで判決を得てから強制執行 | 民事執行法22条1号 |
(1)調停調書・審判・判決があれば強制執行
遺産分割調停の調書の記載は確定した審判と同一の効力を持ち(家事事件手続法268条1項)、金銭の支払などを命じる審判は執行力のある債務名義と同一の効力を持つため(同法75条)、代償金の支払条項に基づいて強制執行を申し立てることができます。賠償金の支払を命じた共有物分割の判決(民法258条4項)や、支払を定めた訴訟上の和解の調書も、債務名義になります(民事執行法22条、民事訴訟法267条1項)。差押えの対象は、相手の預金や給与、取得した不動産などです。
(2)家庭裁判所の履行勧告・履行命令
家庭裁判所の調停や審判で決まった支払については、権利者の申出により、家庭裁判所が履行状況を調べ、支払を勧告する履行勧告の制度があります(家事事件手続法289条1項・7項)。費用はかかりませんが、相手が応じなくても支払を強制することはできません。家庭裁判所が相当の期限を定めて支払を命じる履行命令もあり、正当な理由なく従わないと10万円以下の過料の対象になります(同法290条)。共有物分割の判決や和解は民事訴訟の手続のため、これらの制度の対象ではありません。
(3)協議書だけの場合と、協議の解除
遺産分割協議書や共有物分割の合意書は、そのままでは強制執行の根拠になりません。払われないときは、代償金の支払を求める訴訟などで判決を得てから、強制執行を申し立てることになります。
また、相続人の1人が遺産分割協議で負担した債務を履行しなくても、その債権を持つ相続人は、民法541条によって協議を解除することはできないとされています(最高裁平成元年2月9日判決)。代償金が払われないことを理由に遺産分割をやり直して不動産を取り戻すことは、原則として難しく、代償金の請求で回収を図ることになります。合意前の手当てが大切なのはこのためです。
よくあるご質問
Q1. 代償金を一括で払えないと、遺産の不動産を取得できませんか。
A. 協議や調停では、相手が合意すれば、分割払いや、取得する不動産を担保にした借入れによる支払で取得することができます。ただし、遺産分割の審判で代償分割をするには代償金を支払う能力があることが前提とされ、共有物分割の判決で全面的価格賠償をする場合も支払能力が要件の一つのため、裏付けを示せないと、不動産を売却して代金を分ける方法になる可能性があります。
Q2. 遺産分割調停で決まった代償金が支払われません。どうすればよいですか。
A. 遺産分割調停の調書は確定した審判と同一の効力を持つため(家事事件手続法268条1項)、代償金の支払条項に基づいて、相手の預金や不動産などへの強制執行を申し立てることができます。調停をした家庭裁判所に履行勧告を申し出る方法もありますが、履行勧告には支払を強制する力はありません。
Q3. 遺産分割協議書で約束した代償金が払われません。協議を解除して不動産を取り戻せますか。
A. 相続人の1人が遺産分割協議で負担した代償金の支払などの債務を履行しなくても、ほかの相続人は民法541条によって協議を解除することはできないとされています(最高裁平成元年2月9日判決)。協議書だけでは強制執行ができないため、代償金の支払を求める訴訟などで判決を得てから、強制執行を申し立てることになります。
Q4. 代償金の分割払いに応じる場合、受け取る側は何を決めておくべきですか。
A. 各回の金額と期日、支払が遅れたときに残額を一括で請求できる期限の利益喪失の定め、遅延損害金、取得する不動産への抵当権の設定などの担保を決めておくのが一般的です。協議で決める場合は、執行認諾文言付きの公正証書にしておくと、不払いのときに訴訟を経ずに強制執行を申し立てることができます(民事執行法22条5号)。
まとめ:代償金は「いくら」と「どう払うか」を一緒に決めます
代償金の話し合いは金額に目が向きがちですが、資金の手当てができなければ、合意しても不動産は残せず、受け取る側も回収に苦労します。払う側は支払能力の裏付けと支払方法を、受け取る側は支払の確認と名義変更の順序、強制執行ができる形での取り決めを、金額の交渉と同時に検討することが大切です。
弁護士法人IGT法律事務所は、不動産の評価から、借入れや売却を含む支払方法の調整、調停条項・合意書の作成まで一体で取り扱っています。遺産分割については遺産分割でもめたら|不動産・非上場株式の評価実務に強い相続弁護士、共有不動産については共有物分割請求の弁護士相談(初回60分無料)をご覧ください。費用は弁護士費用のページでご案内しています。
参考一次情報
- e-Gov法令検索「民法」(258条。e-Gov)
- e-Gov法令検索「家事事件手続法」(75条・195条・196条・268条・289条・290条。e-Gov)
- e-Gov法令検索「民事執行法」(22条。e-Gov)
- e-Gov法令検索「民事訴訟法」(267条。e-Gov)
- 最高裁判所第一小法廷 平成8年10月31日判決(民集50巻9号2563頁。裁判所)
- 最高裁判所第一小法廷 平成元年2月9日判決(民集43巻2号1頁。裁判所)
- 裁判所「間接強制」(履行勧告の費用と効力。裁判所)
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- 共有物分割請求とは?要件・流れ・3つの分け方・期間と費用の目安を弁護士が解説【2023年改正対応】
- 担当弁護士のプロフィール
【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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