借地の上に建てた建物の共有持分に、建物買取請求権は成立するか──最判令和8年8月28日
結論
令和8年8月28日、最高裁判所第二小法廷は、賃借権の目的である土地の上にある建物の「持分」について、借地借家法14条の建物買取請求権は成立しない、と判断しました(最判令和8年8月28日、令和6年(受)第2169号・建物買取代金請求事件、上告棄却)。借地上の建物の持分の扱いについて、最高裁が初めて示した判断です。論点と結論を先に整理します。
- 借地上の建物を丸ごと取得した第三者は、地主が賃借権の譲渡を承諾しないとき、地主に対して「建物を時価で買い取れ」と請求できます(借地借家法14条)。この点は従来どおりです。
- これに対し、建物の持分だけを取得した第三者は、同じ請求をすることができません。持分の買取を認めると、地主が自らの意思によらずに建物の共有関係に巻き込まれ、重大な不利益を被るおそれがあるためです。
- もう一つの理由として、最高裁は、持分に投じた資金の回収は共有物分割請求によって図り得るのだから、建物全部の譲渡の場合に比べて買取請求権を認める必要性も乏しい、と述べています。
- 譲渡の対象が区分所有建物(分譲マンションやテナントビルの1室)の専有部分の持分であっても、結論は変わらないとされました。
- この事件は、相続で借地上の建物が子4人の共有になり、そのうち3人が持分を不動産業者に売却したことから始まっています。相続で借地上の建物を共有することになった方にとって、決して他人事ではない判断です。
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1.事案の概要──相続で共有になった借地上の建物の持分が、業者に売られた
判決が認定した事実関係を時系列で整理すると、次のとおりです。
- 平成2年7月、地主Yは、Aとの間で、建物の所有を目的として土地の一部を賃貸する契約を締結した。期間は平成元年10月から30年。
- Aは、この土地の上に区分所有建物を建築し、その専有部分を所有していた。
- 平成30年8月、Aが死亡し、Aの子4名が相続によって専有部分の持分を各4分の1ずつ取得した。
- 令和元年10月、借地契約は期間30年で更新された。
- 令和3年2月、不動産業者Xが、子4名のうち3名から、専有部分の持分合計4分の3を買い受けた。
- 令和3年11月、Xは、この買受けに伴う賃借権の持分の譲渡について地主Yが承諾しないとして、持分について建物買取請求権を行使する旨の意思表示をし、Yに対して持分の時価相当額の支払を求めました。
第一審はXの請求を退け、原審の東京高等裁判所(令和6年8月1日判決)は、持分については買取請求権が成立しないと判断しました。最高裁は、この原審の判断を正当として是認し、上告を棄却しています。
2.最高裁の判断枠組み──14条の趣旨から「持分」を切り分ける
最高裁の論理は、二段構えになっています。
第一に、借地借家法14条がなぜ置かれているのかを確認します。賃借権の譲渡について地主の承諾も、承諾に代わる裁判所の許可(同法19条)も得られない譲受人は、その譲渡を地主に対抗することができず、建物の収去と土地の明渡しを請求されるおそれがあります。14条は、こうしたときに買取請求権を認めることで、建物についての投下資本の回収と、社会経済的効用を有する建物の存続を図る規定である、というのが最高裁の理解です。そして建物の全部が対象であれば、地主は時価相当額を支払って所有権を取得したうえで、建物を譲渡して新たに借地権を設定することも、取り壊して土地を新たな用途に供することもできます。地主の側にも出口が残るわけです。
第二に、持分の場合はどうか。判決は次のように述べています。
借地権設定者は、自らの意思によることなく、当該持分の時価相当額の負担を余儀なくされながら、建物の処分行為を自由にすることはできず、当該建物の共有者として他の共有者との調整を図りつつこれを使用又は収益することができるにとどまることになるのであるから、建物所有権の全部につき建物買取請求権が行使された場合に比して、重大な不利益を被るおそれがあるということができる。(最判令和8年8月28日)
加えて最高裁は、持分に関する投下資本の回収は共有物分割請求によって図り得ることを指摘し、建物全部の譲渡の場合に比べて買取請求権を認める必要性も乏しい、と述べました。地主側の不利益が大きく、譲受人側の必要性は小さい。この二つを比べたうえで、持分については14条の買取請求権は成立しない、というのが結論です。
3.規範のポイント──「土地の上の建物」に持分は含まれない
判決が示した規範は、次の一文に集約されます。
賃借権の目的である土地の上にある建物の持分について、建物買取請求権は成立しないと解するのが相当である。(最判令和8年8月28日)
そのうえで最高裁は、「このことは、譲渡の対象が区分所有建物の専有部分の持分であっても異なるものではない」として、区分所有建物についても同じ結論を明示しました。借地上のテナントビルや分譲マンションの一室が相続で共有になり、その持分が転々流通する場面を正面から射程に入れた判断といえます。
4.補足意見が示した射程──「どのような場合であっても」
本判決には、裁判長である尾島明裁判官の補足意見が付されており、実務上はここが重要です。
まず補足意見は、借地借家法19条1項の承諾に代わる許可については「土地の上の建物」に持分を含むという解釈が実務で定着しているのに、14条で同じ文言の解釈を変えるのは整合性を欠くのではないか、という上告人側の主張に答えています。19条は裁判所が一切の事情を考慮して許可を与える制度であるのに対し、14条は地主の意思にかかわらず形成的に売買契約が成立する制度であり、「適用の場面も効果も大いに異なる」。したがって、それぞれの場面における関係者の利害関係の違いによって同じ文言の解釈を異にすることは、特に不自然不合理なことではない、というのが補足意見の説明です。
次に補足意見は、法廷意見の射程を明らかにしています。すなわち、建物の持分については「一般的に、すなわちどのような場合であっても」買取請求権は成立しないという判断が前提になっている、と述べます。仮に地主自身がすでに建物の共有者であって、買取によって共有関係に巻き込まれる不利益が生じない場面であっても、成立が認められるという趣旨ではない、というのです。その理由として、そうした場合でも自己の意思に基づかない売買代金の負担は地主の側だけに生ずること、他方で地主と第三者の双方に全面的価格賠償を含む共有物分割という柔軟な調整手段が残されていることが挙げられています。
5.実務上の留意点──相続で借地上の建物が共有になったら
持分だけを業者に売る選択は、いっそう不利になり得る
本判決により、借地上の建物の持分を買い取った第三者は、地主が承諾しない場合に「最後は地主に時価で買い取らせる」という出口を失いました。買主にとって回収手段が細れば、その分は買取価格に反映されると考えられます。持分の売却を検討している相続人の方にとっては、手取りがさらに目減りする方向に働く可能性があります。一般的な共有持分の売却に伴うリスクについては、自分の共有持分だけを業者に売却するメリット・デメリットもあわせてご覧ください。
相続による取得と、売買による取得は区別して考える
地主の承諾が問題になるのは、売買のような特定承継の場面です。相続による取得は包括承継であり、原則として地主の承諾は不要と解されています。相続で借地権付きの建物を承継した段階では、まだ選択肢は広く残されています。もっとも、承諾料や名義書換料の要否は契約内容や従前の経緯によっても左右されますので、個別の検討が必要です。
売る前に検討すべき順序がある
- 共有者間で持分を集約する。代償金を支払って1人に寄せられれば、その後の処分は格段に容易になります。
- 建物の全部を第三者に売却する。この場合は地主の承諾を得るか、借地借家法19条1項の承諾に代わる許可(借地非訟)を裁判所に申し立てる道があります。19条の申立ては借地権者の側が譲渡しようとする場合の制度ですので、買主が先に持分を取得してしまった後では使えない点に注意が必要です。
- 地主に借地権付き建物ごと買い取ってもらう、あるいは地主と共同で売却して代金を配分する。
- 協議が調わない場合に共有物分割請求を検討する。本判決自身が、持分の投下資本の回収手段として共有物分割請求を挙げています。
共有物分割訴訟では、価格賠償による分割が調わなければ形式的競売による換価に進む可能性があり、借地権付き建物の競売では地主との関係がさらに複雑になります。テナントが入っている物件の分割については賃貸中・テナントありの共有不動産を分割するにはもご参照ください。手続全体の見取り図は共有物分割請求の総合ガイドにまとめています。
FAQ
Q1.借地上の建物の持分を買った第三者は、地主に買取りを請求できますか。
できないというのが最高裁の判断です。最判令和8年8月28日は、賃借権の目的である土地の上にある建物の持分について、借地借家法14条の建物買取請求権は成立しないとしました。譲渡の対象が区分所有建物の専有部分の持分であっても同じです。
Q2.建物を丸ごと買った場合はどうなりますか。
建物の全部を取得した第三者については、従来どおり借地借家法14条の適用があり、地主が賃借権の譲渡または転貸を承諾しないときは、時価での買取りを請求できると考えられます。本判決は、持分の場合との違いを説明するためにこの点を確認しています。
Q3.相続で借地上の建物を承継する場合、地主の承諾は必要ですか。
相続は包括承継ですので、原則として地主の承諾は不要と解されています。承諾が問題となるのは売買など特定承継の場面です。もっとも、名義書換料や承諾料の取扱いは契約条項や当事者間の従前の経緯によって異なり得ますので、実際の対応は個別に確認する必要があります。
Q4.共有者の1人が持分を業者に売ってしまいました。残された共有者はどうすればよいですか。
業者から持分の買取りや共有物分割を求められることが想定されます。本判決により、業者が地主に買取りを請求する道は塞がれましたので、業者の側も出口の選択肢は限られます。残された共有者としては、持分を自ら買い取る、建物全部を共同で売却する、共有物分割請求で価格賠償を求めるといった対応が考えられます。早い段階で弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
Q5.借地権の期間が満了した場合の買取請求権(借地借家法13条)にも、この判決は影響しますか。
本判決が判断したのは14条の第三者の建物買取請求権についてです。13条の借地権者の建物買取請求権が持分について成立するかは、直接の判断対象ではありません。ただし、地主が共有関係に巻き込まれるという不利益の構造は共通しますので、同様の考え方が及ぶ可能性は否定できないと考えられます。現時点で確定的なことは申し上げられません。
まとめ──IGT法律事務所ができること
本判決は、借地上の建物の持分という、これまで最高裁の判断のなかった領域に初めて答えを出したものです。相続によって借地権付きの建物が共有になる場面は決して珍しくなく、そこから持分の売却や共有物分割へと展開していく事案の入口の判断として、実務的な意義は小さくありません。
弁護士法人IGT法律事務所は、不動産や非上場株式の評価額を正面から争う相続紛争に注力してきた事務所として、借地権付き建物を含む共有不動産の処分・分割にも数多く対応しています。借地契約の内容確認、地主との承諾交渉、借地非訟の申立て、共有物分割の方針設計までを一貫してご支援します。無料相談のご予約はこちらからお問い合わせください。費用感は弁護士費用ページ、担当弁護士のプロフィールは担当弁護士ページをご参照ください。
参考一次情報
- 最高裁判所第二小法廷令和8年8月28日判決(令和6年(受)第2169号・建物買取代金請求事件、上告棄却):裁判所ウェブサイト 裁判例検索、判決全文(PDF)。原審は東京高等裁判所令和6年8月1日判決(令和6年(ネ)第714号)。
- 借地借家法13条(建物買取請求権)、14条(第三者の建物買取請求権)、19条(土地の賃借権の譲渡又は転貸の許可)、20条(建物競売等の場合における土地の賃借権の譲渡の許可):e-Gov法令検索「借地借家法」。
- 民法256条(共有物の分割請求)、258条(裁判による共有物の分割)、612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限):e-Gov法令検索「民法」。
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【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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