相続回復請求権と取得時効の関係─最判令和6年3月19日が示した初判断と実務への影響

相続回復請求権と取得時効の関係─最判令和6年3月19日が示した初判断と実務への影響

相続回復請求権と取得時効の関係─最判令和6年3月19日が示した初判断と実務への影響

結論

令和6年3月19日、最高裁判所第三小法廷は、相続回復請求の相手方である表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる、と判断しました(最判令和6年3月19日民集78巻1号63頁)。論点と結論を最初に整理すると、次のとおりです。

  • 民法884条の相続回復請求権の消滅時効(5年・20年)と、民法162条の所有権の取得時効(10年・20年)は、要件も効果も異なる別個の制度であり、特別法と一般法の関係には立たない。
  • 相続回復請求権の消滅時効完成前に、表見相続人が所有権を時効取得することを妨げる規定は存在しない。
  • 取得時効を否定すれば、せっかく成立し得る事実状態を真正相続人の権利行使でひっくり返すことを認めることになり、相続をめぐる法律関係を早期かつ終局的に確定させるという884条の趣旨に整合しない。
  • この理は包括受遺者(民法990条により相続人と同一の権利義務を有する者)が相続回復請求権を行使する場合も同じである。

遺言の存在を知らずに長期間にわたって相続財産を単独占有・単独登記していた相続人にとって、本判決は権利保全の見通しを大きく変えうる判断です。後から包括遺贈遺言が発見されたケースを抱える方は、できるだけ早期に弁護士へご相談ください。無料相談のご予約はこちら。

1.事案の概要──遺言の存在を知らなかった相続人が単独占有を続けたケース

事案を時系列で整理すると、次のとおりです。

  • 平成13年4月、Bは、甥であるY1およびA、養子であるXに「遺産を等しく分与する」旨の自筆証書遺言を作成した。
  • 平成16年2月13日、Bが本件不動産を残して死亡。Bの法定相続人はXのみ。
  • Xは、平成16年2月14日以降、所有の意思をもって本件不動産を占有。占有開始当時、Xは本件遺言の存在を知らず、単独で所有すると信じ、これを信じるにつき過失もなかった(善意無過失)。
  • 平成16年3月、XはX単独名義で相続を原因とする所有権移転登記を経由。
  • 平成31年1月、Y2およびY3が本件遺言の遺言執行者に選任された。
  • 平成31年2月、Xは、Y1およびAの各共有持分権について取得時効を援用する旨の意思表示をした。

占有開始から取得時効援用までの期間は約15年。短期取得時効(民法162条2項)の要件である10年間の占有は十分に経過しており、他方で、Y1およびAの相続回復請求権(民法884条)の20年の長期消滅時効はまだ完成していない、という時間関係です。「相続回復請求権の消滅時効が完成する前に、表見相続人による所有権の時効取得を認めてよいか」が中心的な争点となりました。

第一審(東京地判令和3年1月14日)、控訴審(東京高判令和4年7月28日)とも、Xによる時効取得を認めました。最高裁も上告を棄却し、原判決を是認しました。

2.最高裁の判断枠組み──消滅時効と取得時効は別個の制度

本判決の論理構造は、概ね次の三段階で構成されています。

第一に、民法884条が定める相続回復請求権の消滅時効と、民法162条が定める所有権の取得時効とは、要件および効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない、という制度比較からの出発です。一般に、消滅時効と取得時効は別個独立に進行する制度であり、一方の進行に他方の完成・未完成が影響することは法律上当然には予定されていません。

第二に、民法その他の法令には、相続回復請求権の消滅時効が完成する前に、表見相続人が真正相続人の相続財産を時効によって取得することを妨げる旨を定めた条文は存在しない、という実定法上の確認です。

第三に、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、最大判昭和53年12月20日が示すように、相続権の帰属およびこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにあります。表見相続人が162条所定の取得時効の要件を満たしているにもかかわらず、相続回復請求権の消滅時効が完成していないというだけで時効取得を妨げる解釈は、むしろ事実状態の固定を遅らせることになり、884条の趣旨に整合しない、と論じられました。

包括受遺者については、民法990条により相続人と同一の権利義務を有し、相続回復請求権を行使し得る立場にあると解されていますが、本判決の結論はこの場合にも同様に妥当する、と明確に言及されています。

3.規範のポイント──884条の趣旨と162条の関係

判決の規範を実務目線で短く言い換えれば、次のとおりです。

  • 相続回復請求権の消滅時効と取得時効は、別々の物差しで進行する。
  • 20年の長期消滅時効が走っている最中であっても、10年(善意無過失)または20年の取得時効が要件を満たして先に完成すれば、所有権は表見相続人に確定的に帰属する。
  • 真正相続人や包括受遺者は、消滅時効が残っていることだけを理由に時効取得を否定することはできない。
  • 取得時効を阻止したいのであれば、占有開始から早期に所有権に基づく返還請求などの訴えを提起し、時効の完成猶予・更新(民法147条)を図る等の対応が必要となる。

裁判官全員一致の判断であり、補足意見はありません。理論面で迷いの少ない一致判決として、実務指針性は高いと評価できます。

4.従来の大審院判例(否定説)との違い

本論点については、これまで二つの大審院判例が存在しました。大判明治44年7月10日民録17輯468頁および大判昭和7年2月9日民集11巻3号192頁は、いずれも明治民法966条等が「特別な時効期間」を定めたものであることを理由に、相続回復請求権の消滅時効完成前における表見相続人の時効取得を否定していました(否定説)。

本判決は、これらの大審院判例について、家督相続制度の存在を前提とする旧法下のものであるから、家督相続制度が廃止された現行民法下の解釈である本判決と「抵触するものではない」と整理しました。ただし、調査官解説(神谷厚毅・ジュリスト2025年3月号「最高裁時の判例」)においても、実質的には大審院判例とは異なる見解を採ったものといえる、と評されています。

論理的に重要なのは、現行民法のもとでは、最大判昭和53年12月20日によって、相続回復請求権制度の対象(表見相続人)は「自己が相続人でないことにつき善意かつ合理的な事由のある者」に限定されるなど、適用範囲が著しく絞り込まれてきた、という前提変化です。884条に積極的な政策的意義が認められにくくなっている現在、消滅時効完成前という形式的な理由のみで取得時効を否定することは、もはや合理性に乏しい──本判決の根底には、こうした評価があるものと考えられます。

学説状況をみても、現行法下では、高木多喜男、鈴木禄弥、内田貴、潮見佳男、窪田充見、前田陽一ほか、肯定説が多数説とされてきました。本判決は、この学説状況に沿った最高裁初判断と位置づけられます。

5.実務上の留意点

不動産の単独登記と占有が続いているケース

遺言が後から発見されたものの、すでに法定相続人の単独名義で登記され、相応の年月が経過している──実務でしばしば遭遇する状況です。本判決により、占有開始時に善意無過失であれば、占有10年経過の時点で取得時効の主張余地が生じます。占有開始時に遺言の存在を知っていた、あるいは知り得る合理的な事情があった場合は、20年の占有継続を要する点に注意が必要です。固定資産税の支払い実態、現地での使用実態、近隣の認識など、所有の意思や善意無過失を裏づける事情の整理が、紛争実務上の鍵となります。

包括遺贈が後から判明したケース

本件は、包括遺贈の受遺者(Y1、A)が相続回復請求権を有する立場で争った事案です。包括受遺者は民法990条により相続人と同一の権利義務を有しますから、本判決の射程は包括遺贈の場面にも及びます。包括遺贈遺言の発見が遅れ、その間に法定相続人による単独取得・処分が進んでしまっているケースでは、取得時効による所有権喪失のリスクを早期に評価する必要があります。受遺者として権利を主張するなら、占有・登記の現状把握と、時効更新に向けた具体的行動(内容証明による催告、訴訟提起、登記名義の回復請求など)が急務です。包括遺贈の効力や遺言執行者の権限については、最判令和5年5月19日も実務上重要な参照判例となります(解説は包括遺贈の放棄と遺言執行者の原告適格──最判令和5年5月19日をご覧ください)。

共同相続人間の持分争いへの波及

本判決は、最大判昭和53年12月20日が示した枠組み(共同相続人間の侵害にも884条が適用され得るが、悪意または合理的事由のない表見相続人は同条の保護を受けない)と組み合わせて理解する必要があります。共同相続人間で、自己の持分を超える範囲を占有してきた相続人がいる場合、その占有者が善意かつ合理的事由を有していれば、884条の消滅時効と162条の取得時効の双方を主張し得ます。逆に悪意または合理的事由がない場合は、884条の援用は許されない反面、取得時効そのものの主張は引き続き可能です(占有の意思や占有期間など要件を満たすことが前提)。不動産評価をめぐる紛争実務は、こうした時効の交錯と切り離して考えることができません。関連する不動産評価の論点については、最判令和4年4月19日(評価通達6項)解説コラムもあわせてご参照ください。

FAQ

Q1.相続回復請求権の消滅時効が完成していなくても、表見相続人は所有権を時効で取得できますか。

最判令和6年3月19日は、これを肯定しました。民法884条の消滅時効と民法162条の取得時効は別個の制度であり、消滅時効が完成していないことを理由に取得時効を否定する根拠は存在しない、というのが最高裁の判断です。

Q2.相続開始から何年経過すれば取得時効を主張できますか。

占有開始時に善意かつ無過失であった場合は10年(民法162条2項)、それ以外の場合は20年(同条1項)の占有継続が必要です。所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を継続していることも要件となります。

Q3.包括遺贈の受遺者でも相続回復請求権を行使できますか。

民法990条により、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するため、相続回復請求権を行使し得ると解されています。本判決もこの立場を前提とし、表見相続人による所有権の時効取得は、相手方が包括受遺者である場合も否定されないとしています。

Q4.取得時効を防ぐために、真正相続人や包括受遺者は何をすべきですか。

取得時効を阻止する最も確実な方法は、占有者に対して所有権に基づく請求の訴えを提起することです。訴え提起により時効の完成が猶予され、確定判決で権利が確定すれば時効は更新されます(民法147条)。内容証明郵便による催告には6か月間の完成猶予の効果しかなく(民法150条)、更新の効果はありませんので、その間に訴訟提起に進む必要があります。遺言書を発見したら、速やかに弁護士に相談し、登記名義の回復請求や占有排除請求の検討を進めることが推奨されます。

Q5.大審院の古い判例(明治44年、昭和7年)と本判決は矛盾しないのですか。

最高裁は、大審院の各判例は家督相続制度を前提とした明治民法下の判断であるため、現行民法に関する本判決とは「抵触しない」と整理しました。ただし、相続回復請求権の消滅時効と取得時効の関係に関する解釈としては、本判決は実質的に大審院判例と異なる立場を採ったものといえる、というのが評釈の一致した見方です。

まとめ──IGT法律事務所ができること

本判決は、相続回復請求権の消滅時効と所有権の取得時効の関係について、最高裁が初めて明示的に判断を下したものであり、理論上も実務上も重要な意義を有します。遺言の発見が遅れたケース、包括遺贈遺言を後から知ったケース、共同相続人間で長期間にわたって持分の所在が曖昧なまま占有が継続してきたケースなど、適用場面は決して稀ではありません。

弁護士法人IGT法律事務所は、不動産・非上場株式を含む相続紛争に注力してきた事務所として、取得時効と相続回復請求権の交錯が問題となる事案にも数多く対応してきました。占有・登記の状況確認、取得時効の援用可否の検討、時効更新に向けた具体的アクションプランの設計までを一貫してご支援します。無料相談のご予約はこちらからお問い合わせください。費用感は弁護士費用ページ、担当弁護士のプロフィールは担当弁護士ページをご参照ください。

参考一次情報

  • 最高裁判所第三小法廷令和6年3月19日判決(令和4年(受)第2332号、民集78巻1号63頁):裁判所ウェブサイトの判例検索より参照可能。
  • 民法162条(所有権の取得時効)/民法884条(相続回復請求権)/民法990条(包括受遺者の権利義務):e-Gov法令検索「民法」。
  • 最大判昭和53年12月20日民集32巻9号1674頁(相続回復請求制度の対象たる表見相続人の範囲を限定した判例)。

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【この記事の執筆者】

弁護士 小林洋介

執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)

弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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※ 本記事は、執筆日における法令、判例、実務に基づき作成しており、その後の法改正等に対応していない可能性があることをご了承ください。