2026年民法改正で遺言はどう変わる?押印の廃止・保管証書遺言の創設と施行時期を弁護士が解説
令和8年6月17日に成立し、6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)は、成年後見制度の見直しとあわせて、遺言の方式も改めました。自筆証書遺言などで押印が要件でなくなり、法務局での保管を前提とする新しい方式「保管証書遺言」が設けられます。本コラムでは、何が変わり、いつから適用されるのか、そして施行前の今、遺言をどう作ればよいのかを、法務省が公表している資料をもとに整理します(執筆時点は令和8年10月)。
結論:施行はこれから。今つくる遺言は、押印を含む現行の方式で作成してください
- 押印要件の廃止:自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別の方式の遺言で、遺言者・証人・立会人の押印が要件でなくなります。施行は公布から1年以内(遅くとも2027年6月頃まで)です。
- 保管証書遺言の創設:遺言の全文を記載または記録した証書に署名等をし、遺言書保管官の前で全文を口述するなどして、法務局に保管されることで効力を生じる新しい方式です。施行は公布から3年以内(遅くとも2029年6月頃まで)です。
- 遺言書保管制度の見直し:自筆証書遺言も含め、法務局に出向いたり書類を提出したりしなくても、保管の申請等ができるようになります。施行は保管証書遺言と同じく3年以内です。
- 施行日は未定:具体的な施行日はいずれも政令で定められ、本稿執筆時点では決まっていません。施行前に作成する遺言には現行の民法が適用されるため、押印を省くことはできません。
1. 改正の全体像──遺言に関する5つの見直し
法務省が公表している法律案要綱によると、遺言に関する改正は次の5点です。
| 改正点 | 内容 | 施行時期(関係条文) |
|---|---|---|
| 押印要件の廃止 | 自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別の方式の遺言で、遺言者・証人・立会人の押印を要件から外す(加除訂正の際の押印も不要になる) | 公布から1年以内(民法968条1項・3項、970条1項、976条1項、980条など) |
| 証人・立会人の欠格事由の追加 | 受遺者(推定相続人である者を除く)の被用者(受遺者が法人なら、その被用者と役員)を、遺言の証人・立会人になれない者に加える | 公布から1年以内(民法974条3号) |
| 特別の方式の遺言に新たな方式を追加 | 死亡の危急に迫った者の遺言と船舶遭難者等の遺言に、録音・録画を同時に行う方法で記録する方式を加える。映像と音声の送受信(オンライン)による証人の立会いも認める | 公布から1年以内(民法976条の2、979条、979条の2) |
| 保管証書遺言の創設 | 普通の方式の遺言として新設する。法務局で保管しなければ効力を生じない | 公布から3年以内(民法967条、968条の2、968条の3) |
| 遺言書保管制度の手続の見直し | 自筆証書遺言書も含め、出頭や書類の提出をせずに保管の申請等ができるようにする | 公布から3年以内(遺言書保管法6条〜8条など) |
※条文番号は、法務省が公表している新旧対照条文による改正後の条番号です。
2. 押印が要件でなくなる──自筆証書遺言はどう変わるか
現行の民法968条1項は、自筆証書遺言について、遺言者が全文・日付・氏名を自書し、これに印を押すことを求めています。押印を欠く遺言は方式違反として無効となるおそれがあり、押印の有無や印影の真否が相続人間の争いの種になることもありました。今回の改正で、968条1項は「その全文、日付及び氏名を自書しなければならない」となり、押印の要件がなくなります。遺言書の文言を加除・訂正するときの押印(同条3項)も不要になり、変更の場所を指示して変更した旨を付記し、署名すれば足ります。秘密証書遺言や、死亡の危急に迫った場合などの特別の方式の遺言でも、遺言者・証人・立会人の押印が要件から外れます(秘密証書遺言の封紙への公証人の押印は残ります)。
もっとも、廃止されるのは押印の要件です。自筆証書遺言で全文・日付・氏名を自書するという要件はそのまま残ります(財産目録を自書しなくてよいとする取扱いは、平成30年の改正で既に導入されています)。
注意したいのは時期です。施行前に作成する自筆証書遺言には現行の民法が適用されるため、押印を含む現行の方式が求められます。また、施行後も、本人が作成したことを示す材料として押印しておくことには、なお意味があると考えられます。
3. 新設される「保管証書遺言」とは
保管証書遺言は、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言と並ぶ、普通の方式の遺言として新設されます(改正後の民法967条)。改正後の968条の2によると、要件は次のとおりです。
- 遺言の全文(電磁的記録に記録する場合は、遺言の全文と氏名)が記載または記録された証書について、遺言者が署名をするか、署名に代わる措置として法務省令で定めるものを講じること(1項1号)
- 遺言者が、遺言書保管官(法務局の職員)の前で、その証書に記載または記録された遺言の全文を口述すること(1項2号)
- 遺言書保管法の定めに従って、遺言に係る証書が法務局に保管されること。保管されなければ、遺言は効力を生じません(2項)
口がきけない人は、通訳人の通訳による申述か自書によって、口述に代えることができます(968条の3第1項)。財産目録は、遺言書保管官が遺言者に閲覧させるなどの措置を講じれば、口述しなくてよいとされています(同条2項)。
「電磁的記録」とあるとおり、手書きに限らず、パソコン等で作成した電子データでも作成できます。遺言書保管法の改正案でも、紙の「書面保管証書遺言書」と、電子データの「電子保管証書遺言書」の2種類が予定されています。法務省は、システムの改修を要することを理由に、施行を公布から3年以内と最も遅く設定しています。
現行の方式と比べると、次のようになります。
| 方式 | 作成のしかた | 関与する人 | 保管 |
|---|---|---|---|
| 自筆証書遺言(自宅等で保管) | 全文・日付・氏名を自書し押印(財産目録は自書不要だが各ページに署名押印) | なし | 本人・家族など。家庭裁判所の検認が必要 |
| 自筆証書遺言(法務局の保管制度を利用) | 同上 | 遺言書保管官が形式面を確認 | 法務局。検認は不要 |
| 公正証書遺言 | 公証人が遺言者の口述をもとに作成 | 公証人と証人2人 | 公証役場。検認は不要 |
| 保管証書遺言(新設) | 全文を記載した書面、または全文と氏名を記録した電子データに署名等(手書きでなくてもよい) | 遺言書保管官(遺言者が全文を口述) | 法務局。保管が効力の要件。検認は不要(遺言書保管法20条) |
現在の自筆証書遺言書保管制度は、すでに有効な自筆証書遺言を法務局が預かる仕組みで、保管は遺言の効力の要件ではありません。保管証書遺言は、法務局での保管そのものが効力の要件となる点で、仕組みが異なります。法務局に保管された遺言書に家庭裁判所の検認を不要とする規定(現行の遺言書保管法11条。改正後は20条)は維持され、保管証書遺言も法務局で保管されるため、検認は不要です。署名に代わる措置の内容、手数料、手続の細部は、施行に向けて定められる政令・省令や法務省の案内を確認する必要があります。
4. 特別の方式の遺言と、証人の欠格事由の見直し
死亡の危急に迫った者の遺言は、現行法では証人3人以上の立会いが必要です。改正後の976条の2は、その状況を録音・録画を同時に行う方法で記録することを条件に、証人1人以上の立会いで遺言できる方式を加えます。遺言者が証人の一人に遺言の趣旨を口授し、証人がそれを書面または電磁的記録に残し、遺言者に読み聞かせるなどして正確さを確認する流れです。証人は、映像と音声の送受信(オンライン)によって立ち会うこともできます。なお、この方式による遺言も、遅滞なく家庭裁判所に請求して確認を得なければ効力を生じません。
船舶遭難者の遺言(979条)は、天災その他避けることのできない事変が発生し、その危難を避けることが困難な場所で死亡の危急に迫った人にも使えるよう、適用範囲が広がります。あわせて979条の2で、証人1人以上の立会いのもと口頭の遺言を録音・録画で記録する方式と、録音・録画した記録を電子計算機で特定の者に送信する方式が加わります。
あわせて、遺言の証人や立会人になれない者に、受遺者(推定相続人である者を除く)の被用者が加えられます。受遺者が法人であれば、その被用者と役員も証人・立会人になれません(974条3号)。財産を受け取る人の関係者が証人になることで、遺言の公正さが疑われる事態を防ぐための見直しです。
5. 施行はいつか──3段階のスケジュール
令和8年法律第45号は、内容ごとに3段階で施行されます。遺言に関する見直しは、このうち1年以内と3年以内の段階に分かれています。
| 改正の内容 | 施行時期 | 遅くともいつまでか |
|---|---|---|
| 押印要件の廃止、特別の方式の遺言の追加、証人・立会人の欠格事由の追加 | 公布の日から1年を超えない範囲内で政令で定める日 | 2027年6月頃まで |
| 成年後見制度の見直し(後見・保佐・補助の一元化など) | 公布の日から2年6月を超えない範囲内で政令で定める日 | 2028年12月頃まで |
| 保管証書遺言の創設、遺言書保管制度の手続の見直し | 公布の日から3年を超えない範囲内で政令で定める日 | 2029年6月頃まで |
令和8年10月10日時点で、法務省の改正法のページには具体的な施行日は掲載されていません。成年後見制度の見直しの内容は、成年後見制度の改正法が成立・公布(続報)で解説しています。
6. 施行前の今、遺言はどう作るべきか
新しい方式ができるからといって、遺言の作成を先延ばしにするのはお勧めしません。遺言は、ご本人に遺言能力があるうちにしか作成できません。施行を待つあいだに認知症等が進み、遺言そのものを残せなくなるおそれがあるためです。
- 方式:確実性を重視するなら、公証人が関与する公正証書遺言が有力です(公正証書遺言にすべき理由)。自筆証書遺言で作る場合は、押印を忘れず、法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用も検討してください。
- 中身:方式が簡単になっても、誰に何をどのように承継させるかという設計の重要性は変わりません。遺留分への配慮、不動産や非上場株式の評価、納税資金や代償金の手当て、遺言執行者の指定までを一体で考える必要があります。
- 見直し:改正は主に遺言の方式に関するものです。施行前に現行の方式で有効に作成した遺言を、改正を理由に作り直す必要は通常ないと考えられます。ただし経過措置の詳細は施行に向けた案内を確認する必要があり、財産や家族の状況が変わったときは内容の見直しを検討してください。
遺言書を作るべき理由そのものは、遺言書を作成すべき理由──遺言がないと起こることで詳しく解説しています。
よくあるご質問
Q1. 遺言の押印はいつから不要になりますか。
A. 押印要件の廃止は、公布の日(令和8年6月24日)から1年を超えない範囲内で政令で定める日に施行されます。遅くとも2027年6月頃までですが、具体的な日は本稿執筆時点で決まっていません。
Q2. 今、自筆証書遺言を書くときも押印は必要ですか。
A. 必要です。施行日前に作成する遺言には現行の民法968条が適用され、押印がないと方式違反で無効となるおそれがあります。
Q3. 保管証書遺言とは何ですか。
A. 今回の改正で新設される普通の方式の遺言です(改正後の民法968条の2)。遺言の全文を書面に記載するか電子データに記録して、署名またはこれに代わる措置をし、遺言書保管官の前で全文を口述します。法務局に保管されることで効力を生じます。手書きでなくてもよく、施行は公布から3年以内です。
Q4. 現在の自筆証書遺言書保管制度とは何が違いますか。
A. 現在の制度は、自書した自筆証書遺言を法務局が預かる仕組みで、保管は遺言の効力の要件ではありません。保管証書遺言は、法務局での保管そのものが効力の要件となる、新しい方式の遺言です。手書きでなくてもよく、遺言書保管官の前で全文を口述する点も異なります。どちらも法務局で保管されるため、家庭裁判所の検認は不要です。
Q5. 改正後は、公正証書遺言は必要なくなりますか。
A. いいえ。公正証書遺言は公証人が関与して作成するため、方式の不備や遺言能力をめぐる争いを防ぎやすい方式です。不動産や非上場株式を含む相続や、遺留分への配慮が必要な場合には、引き続き有力な選択肢です。
Q6. 現行法で作った遺言は、改正後に作り直す必要がありますか。
A. 改正は主に遺言の方式に関するもので、施行前に現行の方式で有効に作成した遺言を、改正を理由に作り直す必要は通常ないと考えられます。ただし経過措置の詳細は今後の案内を確認する必要があり、財産や家族の状況が変わった場合は内容の見直しを検討してください。
まとめ:方式が変わっても、遺言の中身の設計が要です
令和8年の民法改正で、遺言は押印が要件でなくなり、法務局での保管を前提とする保管証書遺言という選択肢が加わります。ただし、施行は1年以内と3年以内の2段階で、本稿執筆時点では具体的な施行日は決まっていません。施行前に作成する遺言は、押印を含む現行の方式で作成する必要があります。
弁護士法人IGT法律事務所は、不動産や非上場株式を含む相続に注力し、遺留分に配慮した遺言書の作成から、遺言執行者としての執行までを取り扱っています。これまでの事例は遺言書作成・遺言執行の解決事例でご紹介しています。
参考一次情報
- 法務省「民法等の一部を改正する法律案」(成立・公布の情報、施行期日の区分。法務省)
- 法務省 法律案要綱(遺言に関する見直しは第1の5〜7、遺言書保管法の改正は第5、施行期日は第6。PDF)/法律案・理由(PDF)
- 法務省 民法等の一部を改正する法律案 新旧対照条文(民法967条〜984条は45〜55頁、遺言書保管法は146頁以下。PDF)
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度について」(法務省)
- e-Gov法令検索「民法」(自筆証書遺言968条、公正証書遺言969条、証人及び立会人の欠格事由974条。e-Gov)
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【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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