遺言書を作成すべき理由──遺言がないと起こることと、2026年民法改正で変わること
「うちは家族仲がいいから、相続でもめることはない」。そうお考えの方は少なくありません。しかし、最高裁判所の司法統計年報(令和7年・家事編第52表)によれば、家庭裁判所で遺産分割が認容・調停成立した事件の約78%は、遺産額5,000万円以下の事案です。相続トラブルは資産家だけの問題ではなく、その多くは「遺言書がないこと」から始まります。本コラムでは、遺言書がない場合に何が起こるのか、遺言書がもたらす具体的な効果、方式の選び方、そして令和8年(2026年)に成立した民法改正で遺言制度がどう変わるのかまでを、相続紛争の実務に携わる弁護士が整理します。
結論:遺言書は、最も基本的で効果の大きい生前対策です
- 遺言書がなければ、相続人全員による遺産分割協議が必要になります。一人でも反対する相続人や連絡の取れない相続人がいると、預金の解約も不動産の名義変更も進められなくなります。
- 家庭裁判所で遺産分割が成立した事件の約78%は遺産額5,000万円以下です(令和7年司法統計年報 家事編第52表)。遺産額が大きくない家庭でも紛争は起きており、財産の多寡だけで紛争のリスクがないとはいえません。
- 遺言書があれば、原則として遺産分割協議は不要になり、法定相続ではかなわない配分も実現できます。
- 確実性を重視するなら公正証書遺言が有力です。令和7年には全国で123,891件の遺言公正証書が作成されており、利用は広く定着しています。
- 令和8年6月に成立した民法等改正法(法律第45号)により、押印の任意化や、パソコン等で作成できる保管証書遺言の創設が決まりました。ただし施行はこれからであり、当面は現行の方式で作成する必要があります。
1. 遺言書がないとどうなるか──遺産分割協議のリスク
相続人全員の合意がなければ、手続が止まる
遺言書がない場合、亡くなった方の財産は、法定相続人全員による「遺産分割協議」で分け方を決めることになります(民法907条)。重要なのは、この協議は相続人全員の合意がなければ成立しないという点です。一人でも反対すれば協議はまとまらず、疎遠な相続人や連絡の取れない相続人がいれば、話し合い自体を始められません。
協議が成立しない間は、不動産の名義変更や売却、預貯金の解約といった手続が事実上進められなくなります。さらに、相続人の中に認知症等で判断能力が不十分な方がいる場合には、成年後見人の選任が必要になり、手続の負担は一段と重くなります。この点は成年後見制度の改正法の解説コラムでも詳しく触れています。
統計が示す現実──遺産分割事件の約78%は遺産5,000万円以下
最高裁判所の司法統計年報(令和7年・家事編第52表)によれば、家庭裁判所で遺産分割が認容・調停成立した事件8,321件のうち、遺産額1,000万円以下の事案が2,938件(約35%)、5,000万円以下まで含めると6,457件(約78%)を占めます(遺産額の算定不能・不詳を含む全件に対する割合)。この数字は遺産額ごとの紛争の起きやすさを示すものではありませんが、遺産額が大きくない家庭でも紛争が起きていることは確かです。自宅不動産と預貯金だけ、という財産構成では、現預金で調整する余地が乏しく、分け方でもめることも少なくありません。特に不動産は物理的に分けられないため、「誰が取得するか」「いくらと評価するか」の両面で対立が生じがちです。
2. 遺言書がもたらす4つの効果
効果1:遺産分割協議が原則不要になる
遺言書で財産の帰属が指定されていれば、原則として遺産分割協議を経ずに、遺言の内容に従って名義変更等の手続を進めることができます。相続人同士が顔を合わせて話し合う必要がなくなること自体が、感情的な対立の芽を摘む効果を持ちます。
効果2:法定相続ではかなわない配分を実現できる
「介護を担ってくれた長男に多く残したい」「内縁の妻に財産を渡したい」「事業を継ぐ子に自社株式を集中させたい」。こうした希望は、法定相続分どおりの分割では実現できません。遺言書があれば、法定相続人以外の方への遺贈を含め、ご自身の意思に沿った財産の承継が可能になります。
効果3:手続の停滞を防げる──遺言執行者の指定
遺言書で遺言執行者を指定しておけば、遺言執行者が単独で預貯金の解約や不動産の登記手続を進めることができ、相続人の協力が得られない場合でも手続が停滞しません。弁護士や弁護士法人を遺言執行者に指定しておくことで、中立的な立場からの確実な執行が期待できます。
効果4:無用な争いを予防できる──遺留分への配慮
遺言書を作成する際に、各相続人の遺留分(法律上保障された最低限の取り分)に配慮した設計をしておくことで、相続開始後の遺留分侵害額請求という紛争の火種を小さくできます。あわせて、配分の理由を付言事項として書き残すことも、遺されたご家族の納得感につながります。遺留分をめぐる紛争の実情は遺留分侵害額請求の解説コラムをご参照ください。
3. 遺言書の方式と選び方──自筆証書・法務局保管・公正証書
現行制度で一般に利用される遺言の方式は、次のとおりです。
| 方式 | 作成方法 | 主な特徴・留意点 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 全文・日付・氏名を自書し押印(財産目録はパソコン作成可。ただし目録の各ページに署名押印が必要) | 費用がかからない反面、方式不備による無効、紛失・改ざん、発見されないリスクがある。家庭裁判所の検認が必要 |
| 自筆証書遺言(法務局保管制度の利用) | 自書した遺言書を法務局に預ける(令和2年7月開始) | 紛失・改ざんのリスクを回避でき、検認も不要。ただし法務局は方式の外形を確認するのみで、内容の有効性まで保証するものではない |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成し、原本を公証役場で保管。証人2名が必要 | 方式不備の心配がなく、検認も不要。遺言能力をめぐる争いにも相対的に強い。作成手数料がかかる |
確実性を重視するのであれば、公正証書遺言が有力な選択肢と考えられます。日本公証人連合会の公表によれば、令和7年の1年間に全国で作成された遺言公正証書は123,891件にのぼり、遺言作成の標準的な方法として定着しています。当事務所でも、後日の紛争リスクを踏まえ、原則として公正証書遺言による作成をお勧めしています。公正証書遺言と自筆証書遺言の違いはこちらのコラムで詳しく解説しています。
4. 2026年民法改正で遺言はこう変わる──押印任意化と保管証書遺言
令和8年6月17日に成立し、同月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)には、成年後見制度の見直しとあわせて、遺言制度の改正が含まれています。柱は次の2点です。
- 遺言の押印の任意化等:施行は公布の日から1年を超えない範囲内で政令で定める日とされており、遅くとも2027年6月頃までに施行される見込みです。
- 保管証書遺言の創設等:パソコン等で作成した遺言書を法務局が保管する新しい方式です。システム改修を要するため、施行は公布から3年を超えない範囲内とされ、最も遅い施行となります。
押印が要件でなくなると何が変わるのか、保管証書遺言の要件(遺言書保管官の前での全文の口述、法務局での保管)、3段階の施行時期は、2026年民法改正で遺言はどう変わる?押印の廃止・保管証書遺言の創設と施行時期で条文に即して詳しく解説しています。
注意すべきは、これらはいずれもまだ施行されていないという点です。具体的な施行日は今後の政令で定められるため、現時点では「いつから使えるか」を断定することはできません。そして、遺言はご本人に遺言能力があるうちにしか作成できません。「新しい方式が使えるようになるまで待とう」と先延ばしにした結果、認知症等により遺言そのものが作成できなくなる事態が、実務上は最も避けるべきリスクです。方式が多様化しても、誰に・何を・どのように承継させるかという中身の設計が重要であることは変わりません。改正の全体像は改正法の確定内容と施行スケジュールの解説をご覧ください。
5. 不動産・非上場株式がある方こそ、遺言書が必要です
当事務所が特に遺言書の作成をお勧めしたいのは、財産に不動産や非上場株式(自社株式)が含まれる方です。理由は3つあります。
第一に、これらの財産は物理的に分けられず、遺産分割協議では「誰が取得するか」で対立しやすいためです。第二に、市場価格が一義的に定まらないため、「いくらと評価するか」自体が争点となり、紛争が長期化しやすいためです。第三に、事業承継の場面では、自社株式を後継者に集中させる必要がある一方、他の相続人の遺留分を侵害すれば遺留分侵害額請求を招き、会社経営そのものが揺らぎかねないためです。
こうした事案では、財産の評価を踏まえた配分設計、遺留分対策、納税資金や代償金の手当て、遺言執行者の選定までを一体で検討する必要があります。当事務所では、資産6億円の事業家について遺留分に配慮した事業承継を実現した遺言作成の事例や、資産管理会社の株式を含む遺言を作成し弁護士法人を遺言執行者に指定した事例など、評価が問題となる財産を含む遺言設計を数多く手がけています。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 遺言書がない場合、具体的にどのような問題が起きますか。
A. 相続人全員による遺産分割協議が必要になり、一人でも反対する相続人や連絡の取れない相続人がいると、預貯金の解約や不動産の名義変更が進められなくなります。相続人に認知症等の方がいる場合は、成年後見人の選任が必要になることもあります。
Q2. 財産が少なくても遺言書は必要ですか。
A. 必要性は高いと考えられます。司法統計上、家庭裁判所で遺産分割が認容・調停成立した事件の約78%は遺産額5,000万円以下の事案です(令和7年司法統計年報 家事編第52表)。自宅不動産と預貯金のみといった財産構成は、現金で調整する余地が乏しく、分け方でもめることもあります。
Q3. 自筆証書遺言と公正証書遺言は、どちらを選ぶべきですか。
A. 確実性を重視するなら公正証書遺言が有力です。公証人が作成し原本が公証役場に保管されるため、方式不備や紛失の心配がなく、家庭裁判所の検認も不要です。自筆証書遺言を選ぶ場合も、法務局の保管制度を利用することで紛失・改ざんのリスクは軽減できますが、内容の有効性までは担保されません。
Q4. 2026年の民法改正で、遺言はいつからどう変わりますか。
A. 令和8年法律第45号により、押印の任意化(公布から1年以内に施行)と、パソコン等で作成し法務局が保管する保管証書遺言の創設(公布から3年以内に施行)が決まりました。ただし、具体的な施行日は今後の政令で定められるため、当面は自筆証書遺言や公正証書遺言など現行の方式で作成する必要があります。
Q5. 遺言書の作成を弁護士に相談するメリットは何ですか。
A. 方式不備による無効を防げることに加え、遺留分に配慮した配分設計、不動産・非上場株式の評価を踏まえた承継プラン、遺言執行者の引受けまで一体で対応できる点です。当事務所では税理士等の専門家とも連携し、相続税や納税資金も視野に入れた遺言設計をご提案しています。
まとめ:遺言書は「まだ早い」と思ううちに
遺言書は、遺されたご家族を遺産分割協議の負担と紛争から守る、最も基本的で効果の大きい生前対策です。2026年の民法改正で遺言の方式は今後広がりますが、施行はこれからであり、遺言はご本人に判断能力があるうちにしか作成できないという原則は変わりません。「まだ早い」と感じている今こそが、実は最適なタイミングです。
弁護士法人IGT法律事務所は、不動産・非上場株式など評価が問題となる財産を含む遺言の設計と遺言執行に注力しています。初回60分の無料相談で、ご家族の状況と財産の内容をうかがい、遺言書で何を決めておくべきかを整理いたします。弁護士費用と担当弁護士のプロフィールをご確認のうえ、無料相談をご活用ください。
参考一次情報
- e-Gov法令検索「民法」(第960条以下・遺言):https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 法務省「民法等の一部を改正する法律案」(令和8年法律第45号・成立公布情報):https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00389.html
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度」:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html
- 最高裁判所「令和7年 司法統計年報(家事編)」第52表 遺産分割事件のうち認容・調停成立件数―遺産の内容別遺産の価額別:裁判所 司法統計
- 日本公証人連合会「令和7年の遺言公正証書作成件数について」:https://www.koshonin.gr.jp/news/nikkoren/yuigon2025.html
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【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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