包括遺贈の放棄と遺言執行者の原告適格──最判令和5年5月19日の意義と実務への影響

包括遺贈の放棄と遺言執行者の原告適格──最判令和5年5月19日の意義と実務への影響

包括遺贈の放棄と遺言執行者の原告適格──最判令和5年5月19日の意義と実務への影響

結論

最高裁判所第二小法廷令和5年5月19日判決(民集77巻4号1007頁)は、遺言執行者の当事者適格について、長らく実務上の難問とされてきた論点を整理し、次の3点を判示しました。

  • 相続分の指定を内容とする遺言(改正法施行日前に開始した相続)を根拠として、遺言執行者は遺言に反する所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有しない。
  • 包括遺贈の遺言がされた場合、遺言執行者は、包括受遺者以外の者へ所有権移転登記がされた不動産につき、包括受遺者が受けるべき持分の範囲で抹消登記または一部抹消(更正)登記を求める訴えの原告適格を有する。
  • 複数の包括遺贈のうち一つが効力を生ぜず、または放棄により失効した場合、遺言者が遺言に別段の意思を表示したときを除き、失効した持分は他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属する。

本判決は、遺言類型ごとに遺言執行者の権限の輪郭を明確化し、また民法995条にいう「相続人」に他の包括受遺者は含まれないという解釈論上の対立にも決着を付けた、重要な判例といえます。

1. 事案の概要

亡Aは生前、公正証書遺言により自身の一切の財産について、長女Cに2分の1の割合で「相続させ」、孫Dに3分の1の割合で「遺贈し」、孫Eに6分の1の割合で「遺贈する」旨を定めました。亡A死亡後、Eは本件遺贈を放棄しました。

本件土地は、亡Aの夫亡Bの相続財産で、亡Aと亡Aの子Zが各2分の1の割合で共同相続したものでした。Zは、亡Aの意思に基づかない無効な遺産分割協議書を利用して本件土地全体について自己名義の所有権移転登記を経由し、その後、第三者Yらに売却して所有権移転登記を移しました。

遺言執行者Xは、本件土地全部が亡Aの相続財産であると主張し、Yらに対して本件登記の抹消登記手続を求めて訴えを提起しました。第一審・原審はXの原告適格を肯定したものの、原審は本件土地の持分2分の1のみが亡Aの相続財産であるとし、その範囲で一部抹消(更正)登記手続を命じる限度で請求を一部認容しました。Yらが上告受理を申し立てた結果、上告審の主たる争点は遺言執行者Xの原告適格の有無に絞られました。

2. 最高裁が示した3つの判断枠組み

最高裁は、本件遺言を、Cの相続分を2分の1と指定する部分(本件遺言部分1)、Dへの3分の1の包括遺贈(本件遺言部分2)、Eへの6分の1の包括遺贈(本件遺言部分3)に分解し、各部分について順次、遺言執行者の原告適格を検討しました。

(1) 相続分指定の遺言と原告適格

最高裁は本件遺言部分1を「相続分の指定」(民法902条1項)と性質決定したうえで、次の理由から、遺言執行者は、相続分指定の遺言を根拠として、改正法施行日前に開始した相続に係る相続財産の不動産について、所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えの原告適格を有しないと判示しました。

第一に、相続分の指定がされても、共同相続人が相続開始時から指定相続分の割合で相続財産を共有し、個々の財産の帰属は遺産分割により確定されるという基本構造に変わりはないこと。第二に、相続分の指定を受けた共同相続人は、不動産登記法63条2項に基づき、単独で指定相続分に応じた持分の移転登記手続が可能であること。第三に、改正法施行日前に開始した相続については、指定相続分に応じた不動産持分の取得を登記なくして第三者に対抗でき、遺言執行者により速やかに移転登記を取得させる必要があるとはいえないこと。これらを総合し、指定相続分に応じた移転登記の取得は「遺言の執行に必要な行為」とはいえず、遺言執行者の職務権限に属しないと結論づけたのです。

(2) 包括遺贈の遺言と原告適格

これに対し本件遺言部分2については、最高裁は遺言執行者の原告適格を肯定しました。包括遺贈がされた場合、遺言執行者は、包括遺贈の効力発生からその執行までの間に包括受遺者以外の者に対して所有権移転登記がされた不動産について、その登記のうち不動産が相続財産であると仮定すれば包括受遺者が受けるべき持分に関する部分の抹消または一部抹消(更正)登記手続を求める訴えの原告適格を有するとされました。

注目すべきは、最高裁が「審理の結果、遺言執行者が抹消登記手続を求める不動産が相続財産ではないと判断された場合であっても、異なるものではない」と判示した点です。当事者適格は本案審理に先立つ訴訟要件であり、目的物が相続財産に含まれると仮定して遺言執行者に管理処分権が認められるか否かで判断すべきという、いわゆる福永説の立場が採用されたといえます。本件で問題となった不動産のうち亡Aの相続財産に属するのは2分の1の持分のみでしたが、最高裁は本件土地全体が相続財産であると仮定したうえで、Dが受けるべき3分の1の持分の範囲で原告適格を肯定しました。

(3) 包括遺贈の放棄と失効受遺分の帰属

本件遺言部分3については、Eの放棄により包括遺贈が効力を失っていることから、当該遺贈に基づく遺言執行の余地はなく、Xは本件遺言部分3自体を根拠とする原告適格を有しません。問題は、Eが受けるべきであった本件土地の持分(失効受遺分)が、他の包括受遺者Dに帰属するか否かです。

民法995条本文は、遺贈が効力を生じないとき、または放棄により効力を失ったときは、受遺者が受けるべきであったものは相続人に帰属する旨を定めます。他方、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するとされる(民法990条)ため、学説上、同条の「相続人」に他の包括受遺者が含まれるかをめぐり、見解が対立していました。

最高裁は、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するものの相続人そのものではなく、民法995条本文は失効受遺分が相続人と他の包括受遺者のいずれに帰属するかを規律する規定であるとした上で、文理上、同条の「相続人」に包括受遺者は含まれないと解しました。したがって、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときを除き、失効受遺分は他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属することになります。

3. 平成30年民法改正・令和3年不動産登記法改正による影響

本判決は改正前民法の事案ですが、改正後の事案でも結論が維持されるかは議論があります。現民法899条の2第1項により、相続分の指定や特定財産承継遺言による相続を原因とする権利変動も、法定相続分を超える部分は登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないこととなりました。また現民法1013条2項は、遺言執行者がある場合の相続人の処分行為を無効としつつ善意の第三者には対抗できないと定め、令和3年改正不動産登記法は相続登記等の申請を義務化しています。

これらの改正により、相続分指定の遺言においても、遺言執行者が速やかに対抗要件を具備させる実務的必要性が高まっており、本判決の射程が改正後の事案にもそのまま及ぶか否かは、今後の裁判例の蓄積を待つ必要があるとされています。改正後の事案では結論が見直される可能性がある旨を指摘する見解も有力です。

4. 実務上の留意点

本判決は、遺言設計の段階と遺言執行の段階の双方に重要な示唆を含みます。遺言設計の段階では、相続分指定と包括遺贈の区別が遺言執行者の権限の有無に直結するため、遺言文言の選択には慎重な検討が必要です。とくに複数の包括受遺者を指定する場合、受遺者の一人が放棄したときに失効受遺分を他の包括受遺者にも帰属させる意思であれば、その旨を遺言に明示しておく必要があります。

遺言執行の段階では、目的不動産につき遺言に反する登記が経由されている場合、遺言類型に応じて原告適格者の整理が必要です。相続分指定の場合、抹消登記請求の主体は相続分の指定を受けた相続人(共有持分権に基づく妨害排除請求)となります。包括遺贈の場合、遺言執行者と包括受遺者の双方に原告適格が認められうるため、訴訟戦略上、訴訟担当の構成、判決効力の及ぶ範囲、複数訴訟の併合等を踏まえた選択が求められます。

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5. よくある質問(FAQ)

Q1. 「相続させる」と書かれた遺言は常に特定財産承継遺言ですか。

最高裁平成3年4月19日判決は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言について、特段の事情がない限り遺贈ではなく遺産分割方法の指定であるとし、被相続人の死亡時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとしました。これがいわゆる「相続させる遺言」(現民法では特定財産承継遺言)です。もっとも、相続財産全体を一定の割合で「相続させる」とする遺言は、特定の財産を特定の相続人に承継させるものではないため、相続分の指定(民法902条1項)と解釈される場合があります。本件もこの類型に該当し、最高裁は本件遺言部分1を相続分指定と性質決定しました。

Q2. 包括遺贈と特定遺贈ではどのような違いがありますか。

包括遺贈とは、相続財産の全部または一定割合で示された部分を受遺者に与える遺贈で、包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有します(民法990条)。これに対し特定遺贈は、特定の財産を遺贈の目的とするものです。包括遺贈の場合、相続財産に属する個々の財産の帰属は遺産分割によって確定されますが、特定遺贈では遺言の効力発生時に直ちに対象財産の所有権が受遺者に移転します。本判決は、包括遺贈について、遺言執行者が遺言に反する登記の抹消登記請求訴訟の原告適格を有することを最高裁として明確に判示した点に意義があります。

Q3. 包括受遺者が遺贈を放棄した場合、その持分はどうなりますか。

本判決によれば、遺言者がその遺言に別段の意思を表示した場合を除き、放棄により効力を失った包括遺贈につき受遺者が受けるべきであったものは、他の包括受遺者には帰属せず、相続人に帰属します。たとえば、相続財産全体について2分の1を相続人C、3分の1を包括受遺者D、6分の1を包括受遺者Eに与える旨の遺言で、Eが放棄した場合、6分の1の持分はDには移らず、相続人に帰属することになります。

Q4. 改正後の事案でも本判決の結論は変わりませんか。

本判決は平成30年改正前民法を適用した事案です。改正後は、相続による権利承継についても法定相続分を超える部分は登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないこととなり(民法899条の2第1項)、令和3年改正不動産登記法により相続登記等の申請が義務化されました。これらの改正により、相続分指定の遺言においても遺言執行者が速やかに対抗要件を具備させる必要性が高まっており、改正後の事案では本判決の射程が及ばず、結論が見直される可能性があるとの見解も有力に主張されています。今後の裁判例の蓄積を注視する必要があります。

Q5. 遺言執行者の原告適格を否定された場合、どのように対応すべきですか。

相続分の指定を受けた相続人は、その共有持分権に基づき、第三者や他の相続人の登記による妨害状態の排除として、抹消登記手続や真正な登記名義の回復を原因とする移転登記手続を請求することができます。本判決の事案でも、相続分の指定を受けた相続人Cが登記を是正するには、別途、登記名義人であるYらに対して訴訟を提起する必要が生じることになります。遺言執行者を介さない訴訟ルートを選択する場合、提訴者の確定、訴訟物の特定、登記手続の請求形態(全部抹消か一部抹消か更正登記か)について、共有持分権の理論に基づく整理が不可欠です。

まとめ

最判令和5年5月19日は、遺言執行者の権限と当事者適格について、相続分指定の遺言・包括遺贈の遺言・包括遺贈の放棄という3つの局面ごとに、明確な判断枠組みを示した最高裁判例です。改正民法・改正不動産登記法との関係では検討の余地が残されていますが、現在進行形の遺言設計や遺言執行の場面において指針となる判例であることに変わりはありません。

弁護士法人IGT法律事務所では、遺言書の作成支援、遺言執行者への就任、遺言無効確認訴訟、登記の抹消・回復訴訟など、遺言に起因する紛争を多数取り扱っています。複合的な内容を含む遺言の解釈や、登記回復訴訟の原告適格をめぐる問題でお悩みの方は、無料相談予約より早期にご相談ください。担当弁護士のプロフィールはこちらをご覧ください。

参考一次情報

  • 最高裁判所第二小法廷令和5年5月19日判決(令和4年(受)第540号、民集77巻4号1007頁):裁判所ウェブサイト
  • 民法(明治29年法律第89号)896条、898条、899条、899条の2、902条、990条、995条、1012条、1013条、1014条:e-Gov法令検索
  • 不動産登記法(平成16年法律第123号)63条、76条の2、76条の3:e-Gov法令検索
  • 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律について」:法務省

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【この記事の執筆者】

弁護士 小林洋介

執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)

弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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