その返事、少し待って!非上場株式の買取提案に即答してはいけない理由
「お持ちの株式を、この金額で会社として買い取りたいのですが…」
ある日突然、あなたが株主となっている非上場会社からこんな連絡が来たら、どうしますか?
多くの方が「提示額は妥当なのか?」「どう手続きすればいいの?」「税金は?」といった不安で頭がいっぱいになるはずです。
市場で取引されない非上場株式には、誰もが知る「株価」というものが存在しません。
だからこそ、会社側の言い値で安易に合意してしまうと、本来得られたはずの価値を大きく下回る金額で手放してしまうリスクがあります。
結論から言えば、会社からの買取提案に「その場で即答しない」こと。
それが、あなたが損をしないための最大の防御策です。
この記事では、非上場株式の買取提案を受けたあなたが、冷静かつ有利に話を進めるための実務ガイドを、専門家の視点から徹底的に解説します。
提案の背景の読み解き方から、適正な株価の計算方法、具体的な交渉術、契約、税務処理まで、この一本で全てがわかります。
なぜ会社は株を買い取りたいのか?3つの理由から交渉の糸口を探る
まず、相手の手の内を知りましょう。
会社が株主から株式を買い取りたいと考える背景には、主に3つの理由があります。
この理由を理解することで、交渉の余地が見えてきます。
- ① 経営権の安定化: 経営者の意向に反対する可能性のある株主を減らし、議決権を経営陣に集約することで、迅速な意思決定ができる体制を整えたい。
- ② 株主の整理・管理コストの削減: 株主が多数いると、株主総会の招集通知や配当金の支払いなど、管理業務に手間とコストがかかります。これを整理して効率化したい。
- ③ 将来のM&Aや事業承継の準備: 会社の売却(M&A)や次世代への事業承継をスムーズに進めるため、事前に分散した株式を一つにまとめておきたい。
いずれの理由であっても、会社側には「できるだけ早く、そして安く株式を回収したい」という強い動機が働いています。
ここに、あなたが価格や条件面で交渉できる大きなチャンスが眠っているのです。
買取提案に即答は厳禁!まず確認すべき3つの重要アクション
冷静になるための第一歩は、現状把握です。
感情的なやり取りを避け、事実に基づいた判断材料を集めましょう。
- 定款と株主名簿で「ルール」と「現状」を把握する 会社の憲法ともいえる定款を確認します。特に「株式の譲渡制限」に関する条項は最重要です。会社の承認がなければ株式を譲渡できないのか、相続した株主に対して会社が売渡請求(会社への売却を要求)できる定めはないか、などをチェックします。 同時に株主名簿で、ご自身の名義、保有株式数、株式の種類(普通株式か種類株式か)を正確に把握しましょう。
- 会社の財務状況がわかる資料を取り寄せる 提示された買取価格が妥当かを判断するには、会社の財産状況を知る必要があります。最低限、以下の資料の開示を求めましょう。
- 直近3期分の決算書(貸借対照表、損益計算書、税務申告書もあればなおよし。)
- 最近の株主総会議事録
- 過去の配当実績がわかる資料
- すべてのやり取りを書面(メール)で残す 電話など口頭でのやり取りは「言った・言わない」のトラブルの元です。金額、交渉の経緯、手続き、期限など、重要な合意事項は必ずメールなどの書面に残し、証拠として保管してください。
【基本用語解説】
- 譲渡制限株式: 会社の承認がなければ、第三者への売却や譲渡ができない株式のこと。多くの非上場会社がこの定めを置いています。
- 売渡請求: 定款に定めがある場合に限り、株式を相続した人に対して、会社が「その株式を会社に売ってください」と請求できる制度です。
「会社にしか売れない」は間違い?知っておくべき3つの選択肢
譲渡制限があると「会社に売るしかない」と思いがちですが、それは誤解です。あなたには複数の選択肢があります。
- ルート① 第三者に売却し、会社に承認を求める
会社よりも良い条件で買ってくれる第三者(知人や投資家など)を見つけ、その相手に売却することの承認を会社に求めます。
- ルート② 承認が否決された場合、会社(または指定買取人)に買い取ってもらう
会社がルート①の第三者への売却を承認しない場合、会社自身か、会社が指定する買取人がその株式を買い取る義務が生じます。この際の価格は、当事者の協議または裁判所での決定となります。
- ルート③ 家族・親族内で株式を集約する(保有を続ける)
売却せず、他の親族に株式を譲渡(または他の親族の株を買い取る)して保有を続ける選択肢です。
これらの選択肢を比較表などで「見える化」し、それぞれのメリット・デメリット(価格、手間、時間)を整理することが、最善の道を選ぶためのコツです。
提示額は妥当?損しないための株価評価3つの方法と交渉のコツ
非上場株式の価値(株価)を算定するには、専門的な評価方法が用いられます。会社の提示額を鵜呑みにせず、ご自身でも評価の目線を持ちましょう。
主な株価評価方法
- 純資産方式: 会社の貸借対照表(BS)にある資産から負債を差し引いた「純資産」を基準にする方法。会社の解散価値に近く、基本的な評価となります。
- 類似業種比準方式: 事業内容が似ている上場企業の株価などを参考に、会社の利益・配当・純資産を比較して株価を計算する方法。
- 配当還元方式: 過去の配当実績に基づいて株価を逆算する方法。主に議決権の少ない少数株主の評価で使われる目安です。
交渉を有利に進める「評価レンジ」という考え方
実務では、一つの方法だけで評価額を決めることは稀です。
複数の評価方法で計算し、「純資産方式なら1株〇円~〇円、類似業種比準方式なら△円~△円」といったように、評価額の幅(レンジ)を持つことが極めて重要です。
このレンジを根拠に、「貴社の提示額は配当還元方式のみに基づいているようですが、純資産の価値を考慮すれば、この範囲での交渉が妥当と考えます」といった具体的な交渉が可能になります。
また、会社側の評価計算書も必ず取り寄せ、不動産の含み益が考慮されているか、役員への過大な報酬が調整されているかなど、
評価の前提(仮定)に不当な点がないかをチェックしましょう。
【完全ガイド】非上場株式の買取交渉から契約・納税までの6ステップ
迷わず着実に進めるための、具体的な実務フローをご紹介します。
あなたの権利を守る!株式譲渡契約書で絶対に確認すべき7つの条項
口約束は危険です。必ず書面で株式譲渡契約を締結し、特に以下の項目はあなたを守る生命線となりますので、慎重に確認してください。
- 売買の対象と株数: 売却する株式の種類と数が正確か。
- 価格と価格調整条項: 後日、会社の簿外債務などが発覚した場合に価格を調整できるか。
- 支払時期・方法: 一括か分割か。分割の場合、遅延した際の利息は定められているか。
- 表明保証: 相手方(会社)の情報が真実であることの保証と、違反した場合の補償。
- 株式の引渡し時期・方法: 株券の交付や株主名簿の書換手続きについて。
- 秘密保持義務: 交渉内容や契約について、どこまでの秘密を守る義務があるか。
- 紛争解決: 万が一トラブルになった場合の管轄裁判所など。
【事例別】よくある落とし穴とその回避策
よくあるご質問(Q&A)
Q1:会社の提示額に応じるか迷っています。判断基準は?
A: 即答は絶対に避けてください。まずはご自身で専門家も交えて株価評価のレンジ(幅)を算出し、会社の提示額がそのレンジ内に収まるか、どの程度乖離しているかを基準に判断しましょう。根拠のある「交渉可能帯」を持つことが、条件改善の第一歩です。
Q2:会社が承認しないと、本当に第三者には売れないのですか?
A: いいえ、そんなことはありません。会社法では、会社が譲渡を承認しない場合、会社自身または会社が指定する買取人が買い取る制度が用意されています。「承認されない=売れない」ではなく、「承認されない→会社(等)が公正な価格で買い取る義務を負う」と理解してください。
Q3:相続した株の名義書換は、売却が決まってからでもいいですか?
A: おすすめしません。株主名簿上の名義があなたに変わっていなければ、あなたは株主としての権利(配当受領、議決権行使、売却)を行使できません。他の手続きと並行して、できるだけ早く済ませるのが鉄則です。
Q4:税金はいつ、どれくらいかかりますか?
A: 相続が起点の場合、相続発生から10か月以内に相続税の申告・納付が必要です。また、株式を売却して利益が出た場合は、売却した翌年に譲渡所得として確定申告が必要です。税額は個別の状況によりますので、税理士にご相談ください。
Q5:会社との関係が悪化するのが心配です。
A: 正当な権利を主張することは、関係悪化には直結しません。感情的な対立を避け、事実と法的根拠に基づいて冷静に交渉することが重要です。弁護士を代理人とすることで、あなたが直接矢面に立つことなく、公正な着地点を探ることが可能です。
まとめ:あなたが損をしないために、今すぐやるべきこと
会社から株式の買取提案を受けたら、慌てず、まずこの5つの鉄則を思い出してください。
- 即答しない: まずは時間を取り、定款の確認と資料収集から始める。
- 評価レンジを持つ: 複数の方法で株価を評価し、交渉の土台を作る。
- 選択肢を比較する: 会社への売却以外のルートも検討し、交渉カードを増やす。
- 契約書を精査する: 専門家の目を通し、あなたを守る条項を盛り込む。
- 期限を管理する: 税務申告から逆算して、全体のスケジュールを立てる。
「この金額で、本当にいいのだろうか?」 あなたがそう感じた瞬間こそ、専門家に相談する最高のタイミングです。
一人で抱え込まず、まずは客観的なアドバイスを求めてみてください。
初回の相談では、定款のチェックから大まかな株価評価の目線、今後の進め方のロードマップまでを整理し、あなたが損をしないための「交渉の台本」作りをお手伝いします。