最判R2.3.24タキゲン事件|非上場株式の譲渡時価を弁護士が解説
本記事の結論
- 最高裁は令和2年3月24日、個人から法人への非上場株式譲渡における「その時における価額」(所得税法59条1項)の算定にあたり、財産評価基本通達188の少数株主該当性を「譲渡人(株式を手放す側)の議決権割合」で判定すべきと判示しました(裁判集民事263号63頁、いわゆるタキゲン事件)。
- 本判決を受け、令和2年8月28日付課資4-2により所得税基本通達59-6が改正され、現行通達では譲渡人基準による判定が明文化されています。
- 事業承継対策として持株会・関連会社への株式譲渡を行う場合、配当還元方式での価格設定が低額譲渡(みなし譲渡課税)と評価されるリスクが顕在化しました。
- 遺留分や遺産分割で非上場株式の評価を争う場面でも、「評価通達はあくまで例による」「法令の趣旨に応じた読替えが想定されている」という考え方は重要な視座となります。
個人が同族会社などの法人に対して非上場株式を譲渡する場面で、所得税法59条1項の「その時における価額」(譲渡時価額)をどう算定するかが争われた事案について、最高裁は令和2年3月24日、譲渡人の議決権割合を基準に同族株主・少数株主を判定すべきであると判示しました。配当還元方式(評価額が低くなる評価方式)を機械的に用いていた実務に修正を迫り、所得税基本通達59-6の改正にも直結した重要判例です。本コラムでは、事業承継・相続対策・遺留分紛争のいずれにも影響しうる本判決の射程と、実務で陥りやすい落とし穴を、相続・事業承継分野を取り扱う弁護士の視点から解説します。
1.事案の概要 ― 配当還元方式での持株会譲渡が問題に
T株式会社(発行済株式総数約920万株の大会社)の代表取締役であったAは、自身が保有していたT社株式(議決権割合15.88%)のうち72万5000株(同7.88%)を、平成19年8月1日、T社の役員・従業員10名が均等出資して設立した有限会社TS会に対して、1株75円・合計5437万5000円で譲渡しました。1株75円という対価は、財産評価基本通達に定める配当還元方式による評価額です。
譲渡直前、Aおよびその親族の議決権合計は22.79%にとどまり、議決権の合計が30%以上となる同族株主は存在しませんでした。Aは同年12月26日に死亡し、相続人らはAの平成19年分の所得税について、本件譲渡の収入金額を1株75円として準確定申告しました。
ところが課税庁は、本件株式の譲渡時点における客観的時価は類似業種比準方式による1株2505円(東京国税局長による異議決定後の金額)であり、譲渡対価がその2分の1にも満たないとして所得税法59条1項2号の「低額譲渡」に該当すると判断し、相続人らに対し更正処分および過少申告加算税の賦課決定を行いました。納税者側がこれを争い、第一審は納税者敗訴、控訴審は納税者勝訴と判断が分かれた後、最高裁にまで持ち込まれた事案です。
2.争点 ―「少数株主」は譲渡人視点で判定するか、譲受人視点で判定するか
本件の核心は、所得税法59条1項にいう「その時における価額」を算定するために借用される財産評価基本通達188の「同族株主以外の株主等が取得した株式」(配当還元方式が認められる少数株主株式)に該当するか否かを、誰の議決権割合で判定するかでした。
財産評価基本通達は、本来、相続税・贈与税のために整備されたルールであり、その文言は「株式を取得した株主」の取得後割合に着目しています。他方、所得税基本通達59-6(1)は、財基通188(1)の「同族株主」該当性については「株式を譲渡又は贈与した個人の譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定する」と定めていましたが、財基通188(2)から(4)の少数株主判定については明文の言及がありませんでした。
納税者は、所基通59-6が触れていない財基通188(3)については文言どおり譲受人TS会の取得後割合(7.88%)で判定し、15%未満であるから配当還元方式が適用されるべきだと主張しました。これに対し国は、譲渡所得課税の趣旨からは譲渡人の譲渡直前割合で判定すべきであり、Aは支配力を有する側であるから類似業種比準方式が用いられるべきと反論しました。
3.最高裁の判断 ―「譲渡人基準」で評価すべき
最高裁第三小法廷は、納税者勝訴とした東京高裁判決を破棄して差し戻し、次のように判示しました。
第一に、譲渡所得課税は、資産の値上がりにより所有者に帰属した増加益を、資産が支配を離れる機会に清算課税する趣旨のものであり、所得税法59条1項の「その時における価額」は、譲渡人の下に生じている増加益を捉えるための価額であると整理しました。
第二に、財産評価通達が取得者基準を採用しているのは、相続税・贈与税が「財産を取得した者」に対して課されるという性質に由来するものであって、譲受人の支配力は譲渡人の増加益の額に影響を及ぼさないと指摘しました。
第三に、譲渡所得課税の場面では、相続税・贈与税を前提とした評価通達の定めをそのまま用いることはできず、所得税法の趣旨に即した修正を加えるべきであり、所基通59-6が「評価通達の例により」と定めていることは、性質の差異に応じた読替えを当然予定しているものと解されると述べました。
以上から、譲受人TS会が財基通188(3)の少数株主に該当することを理由に配当還元方式を適用した原審判断には、所得税法59条1項の解釈適用を誤った違法があるとされました。なお、宇賀克也裁判官および宮崎裕子裁判官の補足意見は、通達が法規命令ではなく行政規則にすぎないこと、裁判所は通達の文理に拘束されないこと、納税者に分かりやすい通達への改善が望ましいことに言及しています。
4.実務上の3つのポイント
ポイント1:通達は「法令の趣旨」に従って解釈・修正される
本判決は、通達の文言を機械的に当てはめれば足りるという原審のアプローチを退け、所得税法59条1項という法令の趣旨に従った修正解釈が許される(むしろ必要である)ことを最高裁レベルで明示しました。通達は課税庁の公的見解として実務上重要な指針ですが、法令の内容に合致しない文理解釈は司法判断の場で覆りうるというメッセージは、株式評価以外の場面でも参考になります。
ポイント2:所基通59-6の改正(令和2年8月28日課資4-2)
本判決を受け、国税庁は令和2年8月28日付課資4-2等により所得税基本通達59-6を改正し、財基通188(1)から(4)までの判定について「いずれも譲渡又は贈与をした個人の譲渡又は贈与直前の議決権の数により判定する」旨を明記しました。現行通達は本判決の判旨と整合する形で運用されており、今後の個人から法人への非上場株式譲渡では、譲渡人基準による評価が原則となります。
ポイント3:相続税評価と所得税評価は「別の物差し」
同じ「非上場株式の時価」でも、相続税・贈与税の場面(取得者基準)と所得税の譲渡課税の場面(譲渡人基準)では、判定の主体が異なります。実際、本件の関連事件として、相続人らがTS会株式の相続税評価を争った東京地裁平成29年8月30日判決(判タ1464号106頁)では、取得後割合を前提に配当還元方式を是認する判断が確定しており、所得税の場面とは正反対の結論でした。同じ株式でも課税の局面によって評価ルールが変わりうるという二重構造を、依頼者・実務家ともに正確に押さえる必要があります。なお、非上場株式の相続税評価のルール自体が見直し議論に入ったことについては、「非上場株式の相続税評価、60年ぶり見直しへ」もあわせてご参照ください。
5.事業承継・相続対策における3つの落とし穴
本判決の射程は、いわゆる「個人オーナーから従業員持株会・資産管理会社・関連会社等への株式移転スキーム」に直接及びます。実務で見落とされやすい落とし穴を整理します。
第一に、配当還元方式で算定した低い株価をそのまま譲渡対価として設定する場合、譲受人側の議決権が少数だからといって安心はできません。譲渡人がオーナーで支配力を有していたときには、類似業種比準方式等による高い時価との差額についてみなし譲渡課税(更正処分・過少申告加算税)を受けるおそれが現実化します。本件でも、譲渡対価5437万5000円に対し、課税庁主張の譲渡時価は18億1612万5000円(最終的な異議決定額)と桁違いの開きが生じました。
第二に、本件第一審が指摘したとおり、譲渡先が「役員・従業員で構成される持株会」で、経営の安定維持を主目的とする場合には、譲渡対価を抑えた合理性が乏しいと評価される事情も加味されます。譲渡価格の決定プロセスに独立当事者間取引としての交渉実態を残しておくこと、第三者専門家による評価書を整備しておくこと、譲渡時点における事業計画や財務状況を裏付ける資料を保存しておくことは、後日の課税リスクを抑える観点から欠かせません。
第三に、相続後に紛争が顕在化した場合、遺留分侵害額請求や遺産分割審判で株価評価が争われる場面でも、本判決で示された「評価通達はあくまで例による」「法令の趣旨に応じた読替えが想定されている」という発想は、相続人側・受遺者側いずれの主張立証にも援用しうる重要な視座となります。とりわけ遺留分の場面では、純資産価額方式における含み益の取り扱いや、類似業種比準方式の業種選定の妥当性が争点化することが多く、本判決が示した「法令趣旨に立ち返って評価方法を検討する」姿勢は、画一的な通達適用への反論軸として活用しうるものといえます。遺留分と非上場株式評価の実務全般については、「不動産・非上場株式がある相続は要注意!遺留分侵害額請求で損をしないための弁護士選び」もご覧ください。
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6.よくあるご質問(FAQ)
Q1.本判決は相続税の株価評価にも影響しますか。
A.本判決の直接の射程は所得税のみなし譲渡課税ですが、評価通達の法的位置付けや通達解釈の在り方に関する一般論は、相続税・贈与税の評価にも参考になります。もっとも、相続税評価が「取得者」基準である点に変わりはなく、本判決が相続税の場面で取得者基準を覆したわけではない点には注意が必要です。
Q2.従業員持株会へ自社株を譲渡する場合、配当還元方式での価格設定は許されますか。
A.現行所基通59-6を前提とすると、譲渡人の議決権割合で同族株主・少数株主該当性が判定されます。譲渡人がオーナーである場合、譲受人が少数株主であっても、所得税課税の場面では類似業種比準方式等の原則的評価方法による時価で判断される可能性が高いといえます。事前に株価試算と価格設定の合理性検証を行うことをおすすめします。
Q3.遺留分侵害額請求で非上場株式の評価が争点になっています。本判決は使えますか。
A.本判決は所得税固有の論点を扱ったものですが、評価通達の限界や法令趣旨に基づく評価論を司法判断のレベルで示した点で、民事紛争における株価評価の主張・立証にも示唆を与えます。遺留分の場面では、決算書や含み資産を精査し、純資産価額方式・類似業種比準方式の合理的な組み合わせや、必要に応じた専門家鑑定の活用を検討することが重要です。
Q4.自社株の生前移転を検討していますが、税務・民事の両面で気をつけるべき点は何ですか。
A.評価通達への形式的当てはめに頼らず、譲渡時点の事業計画・財務状況・第三者評価を踏まえた価格設定と、その合理性を裏付ける書面の整備が基本です。さらに、譲渡先・譲渡時期・議決権構成の変化が、将来の相続税申告や遺留分紛争に与える影響まで見通したうえで、税理士・公認会計士等と連携してスキームを設計することが望まれます。
Q5.第一審と控訴審で結論が分かれたのはなぜですか。
A.第一審(東京地裁平成29年8月30日判決)は、譲渡所得課税の趣旨に照らして譲渡人の議決権割合を基準とすべきとして納税者敗訴の判断を下しました。これに対し控訴審(東京高裁平成30年7月19日判決)は、租税法規および通達は文理に忠実に解釈すべきであるとし、納税者の信頼および予見可能性の観点からも、所基通59-6が触れていない財基通188(2)から(4)の判定を読み替えることは許されないとして、納税者勝訴の結論に至りました。最高裁はこの控訴審の文理解釈優先のアプローチを退け、法令の趣旨に従った修正解釈を採用したという経緯です。
7.まとめ ―「誰の視点で・どの法令の趣旨で評価するか」を見極める
最判令和2年3月24日(タキゲン事件)は、相続税評価のために設計された評価通達を所得税の譲渡時価にそのまま流用することの限界を示し、譲渡人基準による評価の合理性を司法レベルで確認した判決です。配当還元方式の安易な利用は、思わぬ追徴課税リスクを招きかねません。また、相続・遺留分の場面でも、株価評価は「誰の視点で、どの法令の趣旨に従って」決まるのかを正確に押さえる必要があります。
弁護士法人IGT法律事務所では、不動産および非上場株式の評価が争点となる相続案件を多数取り扱い、税理士・公認会計士・不動産鑑定士との連携により、評価額の合理性検証から交渉・調停・訴訟までを一貫してご支援しております。初回60分は無料でご相談を承っております。
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- 担当弁護士 小林洋介のプロフィール
- 弁護士費用について
参照条文・一次情報
- 所得税法(昭和40年法律第33号)|e-Gov法令検索(59条1項)
- 所得税基本通達59-6|国税庁(令和2年8月28日課資4-2改正)
- 財産評価基本通達178、188、188-2|国税庁
- 最高裁第三小法廷令和2年3月24日判決|裁判所(裁判集民事263号63頁、判タ1478号21頁、金法2155号66頁、ジュリスト1564号135頁)
- 東京高判平成30年7月19日(原判決、金融・商事判例1602号21頁)
- 東京地判平成29年8月30日(第一審、金融・商事判例1602号26頁)
※ 本コラムは執筆日現在の法令・通達・裁判例に基づくものであり、その後の改正等により内容が変動する可能性があります。個別具体的な事案については、必ず弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。
【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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※ 本記事は、執筆日における法令、判例、実務に基づき作成しており、その後の法改正等に対応していない可能性があることをご了承ください。



