子供のいない夫婦の遺言書|兄弟姉妹・甥姪が相続人になる場合と配偶者に全財産を遺す方法
子供のいない夫婦の一方が亡くなっても、配偶者だけが相続人になるとは限りません。亡くなった方の親が存命なら親が、親がすでに亡くなっていれば兄弟姉妹(兄弟姉妹が先に亡くなっていればその子である甥・姪)が、配偶者とともに相続人になります。兄弟姉妹には遺留分がないため、遺言で配偶者に全財産を遺しておけば、遺された配偶者が義理のきょうだいと遺産分割協議をする必要はなくなります。本コラムでは、子供のいない夫婦の相続関係と、夫婦それぞれが遺言を作るときの要点を、民法の条文に沿って整理します(執筆時点は令和8年10月)。
結論:兄弟姉妹に遺留分がないことを踏まえ、夫婦それぞれが遺言書を作っておくことが有効です
- 子のいない方が亡くなると、配偶者とともに、親などの直系尊属が、直系尊属がいなければ兄弟姉妹が相続人になります。兄弟姉妹が先に亡くなっていれば甥・姪が代わりに相続人になります(民法889条・890条)。
- 配偶者と兄弟姉妹が相続人の場合、法定相続分は配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1です。遺言がなければ全員で遺産分割協議が必要になり、主な財産が自宅だけだと、代償金を用意するために自宅の売却を迫られることもあります。
- 兄弟姉妹には遺留分がありません(民法1042条1項)。遺言で配偶者に全財産を遺せば、兄弟姉妹や甥・姪から遺留分を請求されることはありません。ただし、親が相続人になる場合は、親に遺産全体の6分の1の遺留分があります。
- どちらが先に亡くなるかは分からないため、夫婦がそれぞれ別々に、相手が先に亡くなった場合の定め(予備的遺言)も入れた遺言を作ることが考えられます。方式は公正証書遺言が有力です。
1. 子供のいない夫婦の法定相続人と相続分
配偶者は常に相続人になります(民法890条)。子がいない場合、配偶者と一緒に相続人になるのは、第一に亡くなった方の直系尊属(父母、父母がいなければ祖父母)、直系尊属がいなければ第二に兄弟姉妹です(民法889条1項)。ここでいう配偶者は法律上の婚姻をした配偶者で、内縁の配偶者は相続人に含まれません。
相続人の組合せごとの法定相続分は、次のとおりです(民法900条)。
| 亡くなった方の親族の状況 | 相続人 | 配偶者の相続分 | 配偶者以外の相続分 |
|---|---|---|---|
| 父母(または祖父母)が存命 | 配偶者と直系尊属 | 3分の2 | 直系尊属が3分の1(複数いれば均等) |
| 直系尊属はいないが、兄弟姉妹がいる | 配偶者と兄弟姉妹 | 4分の3 | 兄弟姉妹が4分の1(複数いれば均等) |
| 兄弟姉妹の一部が先に亡くなっている | 配偶者と兄弟姉妹と甥・姪 | 4分の3 | 4分の1を兄弟姉妹の頭数で分け、亡くなった兄弟姉妹の分をその子が引き継ぐ |
| 直系尊属・兄弟姉妹・甥姪がいずれもいない | 配偶者のみ | 全部 | - |
たとえば、夫が亡くなり、夫の両親はすでに亡くなっていて、夫に兄と妹がいる場合、妻が4分の3、兄と妹が8分の1ずつです。なお、父母の一方だけを同じくする兄弟姉妹(いわゆる半血の兄弟姉妹)の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1です(民法900条4号ただし書)。
2. 兄弟姉妹の代襲相続は甥・姪までです
兄弟姉妹が相続開始以前に亡くなっている場合、その子である甥・姪が代わりに相続人になります。これを代襲相続といいます(民法889条2項が887条2項を準用)。甥・姪の相続分は、親である兄弟姉妹が受けるはずだった分と同じです(民法901条)。
一方、子の系統では孫が亡くなっていればひ孫が相続する「再代襲」が認められていますが(民法887条3項)、兄弟姉妹の系統ではこの規定が準用されていません。そのため、甥・姪も先に亡くなっている場合、その子(甥・姪の子)は相続人になりません。
実務上は、兄弟姉妹が多い場合や代襲が生じている場合に相続人の数が増え、日頃付き合いのない親族や遠方・海外に住む親族が含まれることも少なくありません。相続人を確定するための戸籍の収集範囲も広がります。
3. 遺言がない場合に起きること:遺産分割協議と自宅の売却リスク
遺言がなければ、遺産の分け方は相続人全員の協議で決めます(民法907条1項)。協議が調わないときや、連絡がつかない相続人がいて協議ができないときは、家庭裁判所の調停・審判に進むことになります(同条2項)。預貯金の解約や自宅の名義変更には、遺産分割協議書への全員の署名と実印、印鑑登録証明書が求められるのが通常です。
義理のきょうだいが「財産はいらない」と言ってくれる場合でも、書類の準備には全員の協力が必要です。一人でも反対したり、連絡が取れなかったりすると、手続は止まります。
より深刻なのは、財産の大半が自宅という場合です。たとえば、遺産が自宅3,000万円と預金600万円、相続人が妻と夫の兄弟2人だとします。兄弟の法定相続分は合計4分の1の900万円です。妻が自宅を取得して住み続けるには、預金600万円をすべて兄弟に渡しても300万円足りず、その分を自分の資金で支払う必要があります。手元資金がなければ、自宅を売却して代金を分けることも選択肢になります。法定相続分は法律が認めた取り分ですので、兄弟姉妹がそれを求めること自体は正当な権利行使です。
なお、亡くなった方の自宅に無償で住んでいた配偶者は、遺産分割で自宅の帰属が決まる日か、相続開始から6か月を経過する日の、いずれか遅い日までは無償で住み続けることができます(配偶者短期居住権、民法1037条1項1号)。ただし、これはあくまで一時的な保護です。
4. 兄弟姉妹には遺留分がないので、遺言で配偶者に全財産を遺せます
遺留分は、一定の相続人に法律が保障する最低限の取り分です。民法1042条1項は、遺留分を持つ者を「兄弟姉妹以外の相続人」と定めています。そのため兄弟姉妹には遺留分がなく、兄弟姉妹の代襲相続人である甥・姪も遺留分を持たないと解されています。
したがって、相続人が配偶者と兄弟姉妹(甥・姪)になる見込みの方は、「遺言者の有する一切の財産を妻○○に相続させる」といった遺言を作っておけば、遺産分割協議を経ずに配偶者がすべての財産を取得できます。兄弟姉妹や甥・姪から遺留分侵害額を請求されることもありません。
あわせて、遺言執行者を指定しておくと(民法1006条1項)、遺言執行者が遺言の内容を実現するための手続を進めることができます(民法1012条1項)。特定の財産を承継させる遺言では、遺言執行者は登記などの手続や預貯金の払戻しの請求もできます(民法1014条2項・3項)。配偶者自身を遺言執行者に指定することもできます。また、遺産を受け取らない兄弟姉妹に向けて、そのように定めた理由を付言事項として書き添えておくと、遺された配偶者と親族との関係への配慮になります。
5. 親(直系尊属)が相続人になる場合は遺留分に注意が必要です
亡くなった方の親が存命の場合、親には遺留分があります。遺留分の割合は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1です(民法1042条1項)。配偶者と直系尊属が相続人の場合は「それ以外の場合」にあたるため、遺留分全体は遺産の2分の1で、これに各人の法定相続分を掛けます(同条2項)。直系尊属全体の遺留分は2分の1×3分の1で6分の1、父母が2人とも存命であれば各12分の1です。
遺言で配偶者に全財産を遺しても、遺言自体が無効になるわけではありません。ただ、親は配偶者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できます(民法1046条1項)。この請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する遺贈等があったことを知った時から1年、または相続開始の時から10年で行使できなくなります(民法1048条)。親が存命のうちは、預貯金の一部を親に遺すなど、遺留分に配慮した配分も検討に値します。
6. 夫婦それぞれが遺言を作る意味:相互遺言と予備的遺言
夫婦のどちらが先に亡くなるかは分かりません。夫だけが「妻に全財産を相続させる」遺言を作っても、妻が先に亡くなれば、妻の財産は妻の親や兄弟姉妹と夫との間で分けることになります。そこで、夫は妻へ、妻は夫へと、夫婦がそれぞれ遺言を作ることが考えられます(いわゆる相互遺言)。
注意したいのは、夫婦で1通の遺言書にまとめることはできない点です。民法975条は、2人以上の者が同一の証書で遺言をすることを禁じています。遺言書は夫婦それぞれ別々に作成します。
もう一つの要点が予備的遺言です。財産を受け取る人が遺言者より先に亡くなると、遺贈は効力を生じません(民法994条1項)。「相続させる」旨の遺言についても、最高裁判所は、遺言者がほかの者に相続させる意思を有していたとみるべき特段の事情がない限り、効力を生じないと判断しています(最判平成23年2月22日)。そのため、「妻が遺言者の死亡以前に死亡したときは、その財産を○○に遺贈する」といった定めを加えておくことが考えられます。
予備的な受取人を誰にするかは、二次相続まで見据えて決めます。夫の財産を妻がすべて相続した後に妻が亡くなると、遺言がなければ、その財産は妻の親族に相続され、夫の親族には渡りません。夫の実家から受け継いだ土地を夫の甥に戻したいといった希望がある場合は、妻の遺言でも手当てしておく必要があります。遺言はいつでも方式に従って撤回・変更できますので(民法1022条)、配偶者が亡くなった後や財産の状況が変わったときに見直すことも大切です。
7. 遺言の方式の選び方と配偶者居住権
確実性を重視するのであれば、公正証書遺言が有力です。公正証書遺言は証人2人以上の立会いのもと公証人が作成し(民法969条)、家庭裁判所の検認は不要です(民法1004条2項)。日本公証人連合会によれば、原本は公証役場等で保管され、平成元年以降に作成された公正証書遺言は全国の公証役場で有無を照会できます。なお、推定相続人や受遺者とその配偶者・直系血族は証人になれませんので(民法974条2号)、夫の遺言の証人に妻がなることはできません。
自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を自書して押印する方式です(民法968条1項)。自宅で保管した場合は検認が必要ですが、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すれば検認は不要です(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。令和8年の民法等改正(令和8年法律第45号)では、押印の任意化や保管証書遺言の創設が決まりましたが、施行日は今後政令で定められます。現時点では現行の方式で作成する必要があります。
自宅を将来は自分の親族に引き継がせたいが、配偶者には生涯住み続けてほしいという場合は、配偶者居住権の活用も考えられます。配偶者居住権は、遺贈や遺産分割によって取得でき、存続期間は原則として配偶者の終身の間です(民法1028条1項、1030条)。遺言で定める場合、条文上は「遺贈」の目的とすることとされています(民法1028条1項2号)。また、令和2年4月1日より前にされた遺言では設定できません。登記をしておくことも重要です(民法1031条)。
よくあるご質問
Q1. 子供のいない夫婦で夫が亡くなった場合、妻がすべて相続できますか。
A. 遺言がなければ、すべてを相続できるとは限りません。夫の父母などの直系尊属が存命なら妻は3分の2、直系尊属がいなくて夫の兄弟姉妹がいれば妻は4分の3です。妻だけが相続人になるのは、直系尊属も兄弟姉妹も甥・姪もいない場合です。
Q2. 夫の兄弟がすでに亡くなっている場合、甥や姪も相続人になりますか。
A. なります。兄弟姉妹が先に亡くなっている場合、その子である甥・姪が代襲相続人になります(民法889条2項)。ただし、甥・姪も先に亡くなっている場合に、その子が相続人になることはありません。
Q3. 遺言で妻に全財産を遺すと、夫の兄弟から遺留分を請求されますか。
A. 請求されません。兄弟姉妹には遺留分がなく(民法1042条1項)、その代襲相続人である甥・姪も同様と解されています。遺言の内容どおり、妻が全財産を取得できます。
Q4. 夫の母が存命の場合でも、妻に全財産を遺す遺言は有効ですか。
A. 有効です。ただし、母には遺産の6分の1の遺留分があり、妻に対して遺留分侵害額に相当する金銭を請求できます(民法1042条・1046条)。請求に備えた資金の手当てや、母にも一部を遺す配分を検討しておくことが考えられます。
Q5. 夫婦で1通の遺言書を作ることはできますか。
A. できません。2人以上の者が同一の証書で遺言をすることは禁じられています(民法975条)。夫婦それぞれが別々の遺言書を作成します。
Q6. 財産を遺すと決めた配偶者が自分より先に亡くなった場合、遺言はどうなりますか。
A. その部分は原則として効力を生じません(民法994条1項、最判平成23年2月22日)。配偶者が先に亡くなった場合に誰に遺すかを、予備的な定めとして遺言に入れておくことが考えられます。
まとめ:「配偶者が全部相続する」と考えず、夫婦それぞれの遺言で備えておくことが大切です
子供のいない夫婦では、配偶者とともに親や兄弟姉妹、甥・姪が相続人になることがあり、遺言がなければ遺された配偶者がこれらの親族と遺産分割協議をしなければなりません。兄弟姉妹に遺留分がないことを踏まえれば、遺言で配偶者に全財産を遺すことで、この負担と自宅を失うリスクを避けることができます。親が存命の場合の遺留分、予備的遺言、二次相続の行き先まで含めて、夫婦それぞれの遺言を設計しておくことが重要です。
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参考一次情報
- e-Gov法令検索「民法」(相続人887条・889条・890条、法定相続分900条・901条、遺産分割907条、遺言の方式968条・969条・974条・975条、遺贈の失効994条、検認1004条、遺言執行者1006条・1012条・1014条、遺言の撤回1022条、配偶者居住権1028条・1030条・1031条、配偶者短期居住権1037条、遺留分1042条・1046条・1048条。e-Gov)
- e-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律」(遺言書の検認の適用除外11条。e-Gov)
- 国税庁 タックスアンサー「No.4132 相続人の範囲と法定相続分」(国税庁)
- 法務省「残された配偶者の居住権を保護するための方策が新設されます。」(配偶者居住権・配偶者短期居住権。法務省)
- 法務省「民法等の一部を改正する法律案」(令和8年法律第45号、遺言制度の見直しと施行期日。法務省)
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度」(法務省)
- 日本公証人連合会「2 遺言」(公正証書遺言の保管・検索、証人、手数料。日本公証人連合会)
- 最高裁判所第三小法廷 平成23年2月22日判決(平成21年(受)第1260号、「相続させる」旨の遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合における当該遺言の効力。裁判所 裁判例)
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【この記事の執筆者】
執筆・監修:弁護士 小林 洋介(こばやし ようすけ)
弁護士法人IGT法律事務所 代表パートナー弁護士
慶應義塾大学法学部卒業/東京大学法科大学院修了
東京弁護士会所属(相続遺言部会)/認定経営革新等支援機関/2級FP技能士
相続・事業承継分野を中心に、遺産分割・遺留分侵害額請求・生前対策まで幅広く対応。
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